ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

伊藤計劃/「ハーモニー」/早川書房刊

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伊藤計劃さんの「ハーモニー」。

体内を常時監視する医療分子により病気はほぼ消滅し、人々は健康を第一とする価値観による社会
を形成したのだ。そんな優しさと倫理が真綿で首を絞めるような世界に抵抗するため、3人の少女
は餓死することを選択した―。それから13年後、医療社会に襲いかかった未曾有の危機に、
かつて自殺を試みて死ねなかった少女、現在は世界保健機構の生命監察機関に所属する霧慧トァンは、
あのときの自殺の試みで唯ひとり死んだはずの友人の影を見る。これは“人類”の最終局面に立ち
会ったふたりの女性の物語―(あらすじ抜粋)。


SFは基本的に苦手なのですが、昨年非常に若くして急逝されたこの伊藤さんはどこで書評を見ても
大絶賛されていた為、是非読んでみたいと思っていた作家さんでした。先日やっと図書館で本書を
発見して即借り。でも、読んで失敗したーと思ったのは、これ、続編なんですね。気になっていた
虐殺器官』の方が先だったとは。こちらの方の書評をあまり見かけていなかったので、てっきり
前に出ていたものだと思い込んでしまってました。まぁ、多分順番逆でもそれほど問題じゃない
気はするんですが。なかなか複雑な設定なのであらすじもズルして抜粋です。すみません。
人間の体内の医療分子、WatchMeと呼ばれる恒常的体内監視システムによって人間から病気を
徹底的に排除し個人の健康が保たれる社会。政府にとり変わって生府によってすべての人間の
命が大事にされ過ぎる社会。個人の命が個人のものだけではなく、社会全体のものである社会。
そんな社会への抗議として、自殺という手段を使って、自由を得る為立ち上がった一人の少女
ミァハ。彼女に惹かれ、同調する二人の少女、トァンとキァン。けれども、三人の集団自殺
実際に逝ってしまったのはミァハだけ。そして残された二人は13年後――という、なんとも
奇抜で度肝を抜くような設定で、かなり読んでいて驚かされました。人間の健康が社会によって
完全に管理され保たれる世界とは。例えば、風邪を引いても分子レベルでそれを感知して、
即座に病原菌が駆除され治ってしまうという、なんともありがたいシステム、に一見思えるのだ
けれど、やっぱり、個人の身体が常に何かによって監視されているというのは、気持ちいいもの
ではないですね。自分の身体=生府の身体、つまり社会全体と共同のもの、という考え方。
そんな世の中において、個人の自由を求めるミァハのような異分子が出て来るのは必然なのかも
しれません。
ミァハの死後13年経った後の展開がまた衝撃的でありまして。同じ日に何の前触れもなく
何千人もの人間がその場にあるモノを使って自殺する、というのは、想像するともう、完全に
地獄絵図。こういうことが起こり得るのも、各個人の体内監視システムがあればこそ。こう
考えると、本当に地球規模で戦争とか起こせちゃいそうですよねぇ・・・。優しい抗議から
端を発したテロリズムの怖さを目の当たりにして、背筋が寒くなりました。誰かを殺すか、
自殺するか、テロリストたちに殺されるか――究極の選択を余儀なくされたとしたら。怖い。

ミァハが一番望んだこと、それは意識(=意志)を人間に持ち続けさせること。意識のない
民族に生まれながら、ある悲惨な出来事によって意識を持つことになったミァハだからこそ、
なのでしょう。意識が消失することは、死と同義。彼女の思考はどこまでもストレート
だと思う。最後にトァンがしたことは、彼女の意志。それを受け入れたのはミァハの意志。
そして、『意識』の消失。終わるべくして終わった、と思えるラストでした。

SFが苦手なので、特殊用語に苦戦したところもたくさんありました。多分、SFを読み慣れて
いる人のようにはこの作品の凄さを感じ取ることは出来ていないと思う。でも、この作品が
優れたSFだというのはひしひしと感じました。多分たくさん読み取り不足があると思うけど、
作品の根底にあるテーマが深いってことだけはわかりました。多分、唯一無二の作品なんでしょう。
こういう才能が若くして散ってしまうのは、本当に悲しいことですね。
なんだかいろんな要素がごちゃまぜになっていて、お腹いっぱい状態なので、しばらくSFとは
距離を置きたい気がするけれど、時間を置いて傑作の評価が高い『虐殺器官』の方も読んで
みたいと思います。

ちなみに著者は『いとう・けいかく』さんとお読みするそうです。最後の字がずっと読めずに
いたんだよね、実は・・・(汗)。