ミステリ読書録

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米澤穂信/「ふたりの距離の概算」/角川書店刊

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春、奉太郎の所属する古典部に、新入生の大日向友子が仮入部してきた。他のメンバーたちとも
上手くやっているようで、このまま入部かと思われていた。しかし、突然大日向から入部を
辞めると言われてしまう。どうやら、原因は千反田らしいのだが、本人たちは話したがらない。
一体何があったのか。奉太郎は、翌日のマラソン大会中にこの謎を解こうと、走りながら古典部
のメンバーたちと接触し始めるのだが――<古典部>シリーズ最新作。



大人気古典部シリーズ最新作。面白かったです。構成は至ってシンプル。マラソン大会の間に
ある一つの謎を解く為、奉太郎が過去に起きた出来事を反芻し、関係者と接触しながらあれこれと
推理を巡らす、という。マラソンを走っている間に謎を推理するって構成は、鳥飼(否宇)
さんの作品『激走福岡国際マラソン 42.195キロの謎』を思い出しますが、こちらのランナー
奉太郎は、基本的にマラソンなんて走りたくないと思っている為、ちょくちょくズルをします。
私も気管支が弱くてマラソン大会は大嫌いだったから、奉太郎がマラソン大会が雨でなくなれば
いいと願う気持ちには非常に共感出来たのですけどね。でも、こういう行事でいくら苦手とは
いえ、ズルはいかんよね。終盤のショートカットには唖然。そんなのが許されていいのかーと
ツッコミたくもなったけど、もしこれが許されるのであれば、多分同じ状況なら私もやってた
かも(笑)。まぁ、どっちにしろ、20キロもの距離を走り切るなんてヘタレの私には無理
ですが(苦笑)。

今回も奉太郎の省エネ精神は笑わせてもらいました。好きだな、こういう怠惰な考え(笑)。でも、
その割に、いつも思考が無駄に遠廻りしている気がしないでもないんだけど。省エネ精神ならば
もっとはっきりショートカットして、ずぱっと真相を推理すればいいのに、回り道回り道で、
遠くの所から考え始める。まぁ、無駄に見えて、それが無駄じゃないからいいんだけども。
今回のお話は、新入生獲得にちっとも意欲的でない古典部に、奇跡的に一人の新入生が仮入部してくる
ことが発端となっています。部員たちに上手く溶けこんでいると思えた彼女から、突然入部しないと
言われてしまう。奉太郎は、新入部員が入ろうが入るまいがどうでもいいのだけれど、その原因が
千反田さんにあると思われることから、重い腰を上げひと肌脱ぐことに。ここで積極的に原因を
突き止めようとすること自体が、奉太郎の省エネ精神からはずれている気がしないでもないのですが、
千反田さんの為に動こう頑張る姿勢がいいじゃないですか。千反田さんの影響なのか、もともと
基本的にお人好しなのか、その辺りは微妙なところですが(両方?)。

推理自体は地味ですが、細い伏線がきっちり効いていて、良く出来ていると思います。一人の
登場人物がぽろっと漏らした一言が重要な伏線になっていたりして、何度も感心させられました。
真相はかなり衝撃的な事実も隠されていますし。ページ数が短い割に奉太郎の推理思考が大部分を
占めている為、スローペースな印象の作品ですが、真相の苦さがこのシリーズらしいな、と思いました。
新入生の大日向さんはなかなかいいキャラなので、ラストの展開はちょっと残念でした。でも、一番
残念だったのは、前作で進展を見せたかに思えた奉太郎と千反田さんの関係かも・・・。出来れば、
途中で意味深に出て来る遠まわりする雛の後日談とも云える、奉太郎が熱を出したくだりをもっと
掘り下げて書いて欲しかった・・・個人的にはそこメインでもいいくらい(おい)。二人がその
事実をお互いに他の部員に隠しているところがなんだかね。ニヤ。二人の秘密の共有ってやつだね。

大日向さんが古典部に仮入部するきっかけになった、新入生勧誘期間の製菓研究会のコンロの謎
とか、大日向さんの従兄のお店の名前の謎とか、ちょこちょこと間に挟まれる小さい謎の推理も
小技が効いていて面白かった。でも、『レン』に漢字を当てるとしたら、私だったら正解の方を
思い浮かべるな。『恥ずかしい』っていうヒントがあったらだけど。惜しかったね、奉太郎。

薄いながら、笑える要素や細い推理が所々盛り込まれていて、楽しみどころの多い一冊でした。
タイトルの『ふたり』は複数考えられますね。もちろん、一番はあの二人でしょうけれど。
千反田さんとの距離は、まだまだ奉太郎には概算できかねるようです。今後の展開に期待
しましょう。