ミステリ読書録

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七河迦南/「アルバトロスは羽ばたかない」/東京創元社刊

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七河迦南さんの「アルバトロスは羽ばたかない」。

児童養護施設、七海学園で働く保育士三年目の北沢春菜。施設の子供たちが抱える問題を折りに
触れて解決し、子供たちの育成を見守って来た。そんなある日、学園の子供たちが通う高校の
文化祭の日に、校舎の屋上から不審な転落事件が起きる。事件が起きた時、屋上には転落した
人物以外にもう一人誰かいたらしい。その人物とは誰なのか。そして、なぜ転落事故は起きた
のか?事件の真相には、文化祭に先駆けて春菜が解決に奔走した、学園の子供たちに関する
四つの出来事が大きく関わっていた――鮎川哲也賞受賞作『七つの海を照らす星』に続く、
期待の受賞後第二作。


うっわー・・・ヤラレターーーー!!!と、久しぶりに天を仰いで叫びたくなってしまった。
鮎川哲也賞を獲った前作七つの海を照らす星は、その緻密な伏線と巧妙な作品構成に
いたく感心して随分高い評価を下したのでしたが、今回のラストの真相のカタストロフは
それをさらに上回るものであったと思います。ただ、そこに至るまでの展開は少々まだるっこしく、
キャラも入れ替わり立ち替わりでたくさん出て来るせいか、誰が誰だか混乱したりするところも
あったりして、瑕疵がないとは言えません。基本的には読みやすい文章なのだけど、たまに
一文が長すぎて読みにくかったり表現がわかりにくかったりするところもあって、その辺りは
改善を要するところではあるのですが。でも、ラストに至るまでに四つの事件が描かれ、その
ひとつひとつが一番最初に提示される転落事件の真相へと繋がって行くところは非常に巧い。
それぞれの事件の真相はさほど瞠目するものでもないのですが、事件と向きあう保育士の
春菜が、それぞれの生徒と真剣に向き合い、蔑まれても罵られても彼らの為にと体当たりで
ぶつかって行く逞しい姿に清々しい気持ちになりました。特に、5歳の恵ちゃんの父親を巡る
騒動の時の春菜の、それこそ身を挺して少女を守ろうとする姿には胸が熱くなりました。
理由ありの子供ばかりが生活する児童養護施設でも、こういう人物との出会いがあったら、
人生って捨てたものじゃない、って思えるんじゃないかな。ことはそう簡単じゃないかもしれ
ないけれど、たった一人でも自分のことを心の底から心配して、真剣に考えてくれる人がいるのと
そうでないのとでは雲泥の差がある筈です。だから、七海学園の子供たちにとって、春菜は
必要不可欠な存在になっていたのではないかと思う。一作目よりもさらに保育士として成長
した春菜の子供たちと向きあう姿勢のまっすぐさやひたむきさがとても好きでした。

この先は何を書いてもネタばれになってしまいそうです。とにかく、転落事件の真相と、作者が
巧妙に仕掛けた作中のある仕掛けに気付かされた時の衝撃が凄まじかった。全く、考えにも
及んでいなかったので。確かに、何か所々で引っかかってはいたのです。春菜の問いかけに対する
ある人物の受け答えの不自然さとか。その人物の言動は、読んでいて明らかに怪しい感じがして
いたので、終盤、その人物が糾弾されるシーンでは「なんだ、やっぱりそうなの?」と少々
がっかりしたりするところもありました。でも、それもすべてが作者の思惑通りだったんでしょう。
ここまで豪快にがっつり騙してもらえると、ほんとにいっそ気持ちいい。ただ、騙されたことに
対しては気持ち良いけれども、ことの真相はとても、とても重く残酷でした。真相がわかった後
はページをめくるのがすごく辛かった。作者はなんて残酷な真相を用意したのか。この真相も、
すべてが前作から引き継がれたものだとしたら。最悪の結末までは描かれていないところだけが
せめてもの救いなのでしょうか。それでも、あと一作書いて、すべてをひっくり返してくれたら
どんなにか救われるだろうと思う。そうなって欲しいし、それを願いたいです。

『私はあなたの瞭じゃない』の言葉の真相もああ、なるほど~!って感じでした。言葉による
ミスリーディングのさせ方が、ほんとに巧い。作品を読み終えて、もう一度ざざっと軽く
気になるところを読み返してみたのですが、真相を知った上で読み返すと、ほんとに絶妙な
言葉で書かれているのがわかって目を見張りました。同じ文章読んでても、全然違う捉え方が
出来ることに気付かされるというか。お見事、でした。
ちょっぴり回文も出て来る辺りは、やっぱり作者ならではの拘りでしょうか。なんせ、作者名も
回文ですからねぇ。これは今後の作品でも引き継がれて行くのかな(笑)。

非常に今回も東京創元社らしい仕掛けの一作でした。いやー、すっかりこの作者にはノックアウト
だなぁ。この水準で今後も書いてくれると非常に嬉しい。これからも追いかけたい作家さんなのは
間違いありません。
とても切なくやるせないラストですが、ミステリとしては秀逸だと思います。
前作に続き、装幀も素敵ですね。透明感のある作風とベストマッチしてるんじゃないかな。
ミステリ好きならば是非一読をオススメ致します(ただし、出来れば前作からお読み下さい)。