ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

鯨統一郎/「努力しないで作家になる方法」/光文社刊

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鯨統一郎さんの「努力しないで作家になる方法」。

ひょっとして、大いなる勘違いなのか…。頭をかすめる強気と弱気。妻と子どもの運命まで背負って
の、作家修業の道はいつまで続く!?怪作・話題作を連発するミステリ界のトリックスターが明かす、
驚きのデビュー秘話(紹介文抜粋)。


最初は鯨さんのエッセイなのかな?と思って読み始めたんですが・・・蓋を開けたら、鯨さんの
自伝的私小説でした。といっても、ほんとにどこまでがフィクションなのか、よくわからないの
ですが・・・なんせ、あの鯨さんですからね~。人を喰った作品は大のお得意な訳ですし。全部を
信じていいとはとても思えないのですが・・・でも、本当に、鯨さんのデビューがこの作品のような
経緯を辿っていたとしたら、私は鯨統一郎という作家の評価を根底から改めなければいけません。
まさか、こんなに苦労して、努力して、何度も挫折をして、それでも諦めないで頑張って、
17年もかかって作家デビューしていたなんて・・・!!

こんなタイトルをつけたのはやっぱり、照れがあるからなのか、それとも、タイトルで騙されて、
『努力しないで作家になる方法がわかる』と思わせて買わせる戦法なのか、なんとも鯨さんらしい
タイトルのつけ方だなぁと苦笑しちゃいますが。
だって、主人公の伊香留氏(鯨さんの分身?)、めちゃくちゃ努力してますもん。作家になる為に。
もう、そりゃ、血反吐を吐くんじゃないかってくらい、ハードな生活で、しかも奥さんと子供を
抱えて、借金地獄に陥ってまで、ただただ作家になるという夢を追って行く。伊香留氏の小説家への
情熱にも頭が下がりますが、何より、そんな甲斐性のないダメ夫でも、陰で支えて信じてついて
行く奥さんに脱帽でした。私だったら、ここまで応援出来るかなぁ・・・子供のことを考えると
余計に、さっさと見切りをつけて三行半つきつけちゃうかも・・・。でも、それほどにひたすら
作家になることだけを夢見て、いろんなことを我慢して、落選しても投稿しまくるバイタリティ
がすごいな、と思いました。そうやって、何度挫けてもまた懲りずに夢に向かってチャレンジする
姿は感動的でした。東京創元社に投稿しだした辺りからは、もう、こっちの方が結果に一喜一憂
しちゃってました^^;伊留香氏の心情がダイレクトに伝わって来て、感情移入しまくりでした。
最後、東京創元社の編集者・しおりさんと出会ってから一連の展開を経て、最後ようやくデビュー
が決まった瞬間は、伊留香氏同様、本当に胸に込み上げてくるものがありました。一緒に喜ぶ
奥さんの存在がまた嬉しかったですね。
そして、私も、鯨さんの邪馬台国はどこですか?を初めて読んだ時の衝撃と喜びが蘇って
来て、感無量でした。あの作品が刊行されるまでに、これほどの紆余曲折があったとは・・・!!
(まぁ、大分脚色されてる部分も多いでしょうが^^;)
鯨作品って、いつもおちゃらけたものが多いから、鯨さんがこんなに真面目に作品に取り組んで
いたなんて全く思いませんでした(失礼な話ですが^^;)。
鯨さんが作品を書く上で拘っている部分など、かなり私も共感出来る部分が多かったし、文章を
書く上で勉強になったこともありました。
特に共感出来たのは、鯨さん自身が苦手な小説は、『読みにくい小説』というくだり。セリフが
あまりなくて、改行が少ない小説が苦手、というのは私も全く一緒。エンターテイメント小説と
純文学の違いのくだりなんかも、なるほど~と思わされましたね。鯨さん(伊留香さん)曰く、
エンターテイメントは他人の為に書く小説、純文学は自分の為に書く小説なんだそう。確かに、
誰が読んでも楽しめるように書くのがエンタメってのは頷けます。純文学はそういうのとはまた
全然違いますもんねぇ。自己満足とまでは言わないけど、一番の読者は自分であり、自分の世界を
表現する為に書く小説って感じはする。まぁ、純文学の定義はよくわからないのですが・・・^^;
悩みがない時に書くのがエンターテイメント、悩みがある時に書くのが純文学、という伊香留論も
極論な気はするけど、納得出来るものがありました。
この上もなく情けない甲斐性ゼロのダメ亭主である伊香留氏に、これほど共感出来るのは、やっぱり、
彼の憎めないキャラクターゆえでしょうね。作家になる為の努力は全く惜しまないし、驚くほど
勉強家だし、何より、小説家になることへの尽きることのない情熱に心動かされてしまいました。
彼を支える妻の陽子さんは出来すぎな位素晴らしい女性だし、二人の幼い子供の颯野君が豆腐
ステーキを健気に『美味しい』と食べる姿は泣けました。貧乏で暮らしは厳しいけれど、
いい家族だなぁと温かい気持ちになりました。

自分をモデルに小説を書いちゃうなんて、また鯨さんらしい人を喰ったアイデアって感じがしますね。
でも、すごく面白かった。まさしく、鯨さんが目指す、誰が読んでも楽しめるエンターテイメント
小説になっているのではないかな。笑えて泣けて、最後は大きな感動が得られる。一人の作家が
デビューするまでの話が、これほどの感動作に化けるとは。まぁ、どこまでがフィクションなのか
はわかりませんが・・・^^;でも、全くのフィクションだとしたら、それはそれで鯨さんの巧さ
とも云える訳で。
大して期待せずに読み始めたのですが、予想に反して面白かったです(失礼?^^;)。
途中で、ちょこちょこと(その時点では)未来の鯨作品の構想が浮かぶところにニヤリとしました。

なんだか、『邪馬台国~』から鯨作品を追いかけて来て良かったなぁ、と思わされる作品でした。
もう一度『邪馬台国~』読み直したくなっちゃったな。でも、その前にシリーズの新作がちょうど
回って来てるから、そちらから読まねば。
鯨ファンなら、是非一読をお薦めしたい作品ですね。きっと、鯨さんに対する評価が変わるんじゃ
ないかな(もちろん、いい方にですよ)。