ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

柳広司/「楽園の蝶」/講談社刊

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柳広司さんの「楽園の蝶」。

脚本家志望の若者・朝比奈英一は、制約だらけの日本から海を渡り、満州映画協会の扉を叩く。
だが提出するメロドラマはすべて、ドイツ帰りの若き女性監督・桐谷サカエから「この満州では
使い物にならない」とボツの繰り返し。彼女の指示で現地スタッフの陳雲と二人で、探偵映画の
脚本を練り始めるのだが……。
ジョーカー・ゲーム』の衝撃から5年――満州映画協会、通称“満映”を舞台に柳広司が書き
下ろす世界水準エンターテインメント!(紹介文抜粋)


柳さん最新作。昭和17年、満州に渡った若き脚本家志望の青年・英一が、満州映画協会で
体験する様々な出来事を綴った書きおろしミステリー。まぁ、ミステリ要素ってそれほど
強くはないですが。どちらかというと、大河小説っぽい感じかなぁ。ジョーカー・ゲーム
シリーズとはまたちょっと雰囲気が違いますが、これはこれでいろんな人物の思惑やら
陰謀が錯綜して、面白い読み物になっていると思います。舞台が満州映画協会ということで、
映画がお好きな方にも楽しめる内容だと思います。日本国内では自由に映画を撮ることも公開
することも出来ない時代の設定なので、今では考えられない制約が課されていたりして驚き
ました。当時の満州の習慣や風俗なんかもリアルに描かれていて、興味深く読みました。
満州満州人というのがいない、というのは初めて知りました。中国人か日本人かだけなんて。
満州で生まれた子供は、どちらかの国籍を選ばなきゃいけなかったってことかな。富裕層の
子供と、貧民層の子供の扱いのあまりの違いに暗い気持ちになりました。親が自分の子供を
当たり前のように売ってしまうなんて・・・。今だってそういう親がいないとは言わない
ですけど・・・それが当たり前の時代だったんだなって、胸が塞がれる気持ちになりました。


ミステリ的には、若干肩透かしな感じがなきにしもあらずだったような。終盤もうちょっと
盛り上がりがあっても良かったかなぁ。渡口老人と甘粕理事長の確執の部分とか。甘粕理事長は
もっとすごい悪人なのかと思ってたんで・・・。良い人とは口が裂けても言えないけれども、
悪人と言い切ってしまえる程の人物でもなかったというか。だからこそ人間味があって良い、
という意見もあるかもしれないですが。
あと、陳さんと桂花のあまりにもあっさりな途中退場にもガッカリ。なんか、もうちょっと
ドラマがあっても良かったのでは・・・。特に陳さんと英一は、もう少し違う別れ方をして
欲しかったなぁ。あれだけ仲良くなったのだし(英一に過分に下心があったとはいえ^^;)
陳さんは、きっとまだまだ映画の仕事を続けたかったでしょうしね・・・。











以下、ネタバレあります。未読の方はご注意を。






















終盤で明らかにになる桐谷監督の甘粕理事長への怨恨ですが。正直、あの年齢からその年に
なるまでずっと引きずり続けているってのがどうにも。なんか無理があるような。
6歳の男の子への初恋をそこまで引きずるものですかねぇ・・・。まぁ、途中からは恨みの
気持ちだけがずっと残って行ったってことなんでしょうけども。その為に映画監督になって、
撮る作品ごとにメッセージを残して来たっていうのもちょっと・・・。どれだけ粘着質なんだ^^;
うーん、何かちょっと動機が理解出来なかったですね。






















小説としてはいろんな要素が入ってて面白かったのですが、ミステリとしてはもうちょっと
盛り上がりが欲しかったかなーって感じでした。
それにしても、英一が脚本を書いた怪人二十面相の映画はちゃんと完成したのかな。したとしたら、
反応はどうだったのでしょうねぇ。

でも、柳さんはこういう壮大なスケールの作品を描くのがほんとにお上手ですよね。
歴史にとても造形が深いのでしょうね。次はどんな世界を見せてくれるのか、楽しみです。