ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

米澤穂信/「満願」/新潮社刊

イメージ 1

米澤穂信さんの「満願」。

人を殺め、静かに刑期を終えた妻の本当の動機とは―。驚愕の結末で唸らせる表題作はじめ、
交番勤務の警官や在外ビジネスマン、美しき中学生姉妹、フリーライターなどが遭遇する6つの
奇妙な事件。入念に磨き上げられた流麗な文章と精緻なロジックで魅せる、ミステリ短篇集の
新たな傑作誕生。



米澤さん最新作。ちょっとブラックな短篇が六作入っております。うち二冊は雑誌で既読。
米澤さんらしい黒さと小技が効いた良作揃い。どれも楽しめました。個人的には、米澤さんの
作品は長編より短篇の方が好みなのかも。本書や、儚い羊たちの祝宴のような作品は
好みドンピシャです。この手の作品もっと書いて欲しいなぁ。
いやもちろん、限定シリーズや古典部シリーズの続きも早く読みたいのですけれどね。


では、一作づつ感想をば。

『夜景』
警察官である柳岡の同僚、川藤が殉職した。短刀を持って暴れた男を拳銃で撃ち、返り討ちに
あったのだ。しかし、その死には隠された秘密があった――。

川藤が暴れる男を拳銃で撃った理由には驚かされました。普通だったら考えられない思考です。
でも、その真相に至るまでに、しっかり川藤の人物像や趣味や考え方等が描かれているので、
なるほど、と納得出来ました。細部までしっかり伏線が張られているところはさすがですね。
それにしても、川藤のような人間には絶対警察官にはなって欲しくないですね。こういうタイプ
の後輩を持つと、先輩は苦労しますね・・・。


『死人宿』
二年前に別れた恋人の佐和子は、温泉宿の仲居になっていた。しかし、そこは自殺志願者が度々
訪れるという『死人宿』だった。佐和子と再びよりを戻したい私は、彼女を取り戻す為、宿に
泊まることに――。

主人公以外の三人の滞在者の中で、遺書を書いた自殺志願者は誰なのか。その顛末にほっと
していたのもつかの間、驚愕のラストに唖然。こんな場所で働き続ける佐和子が一番怖い存在
なのでは・・・。彼女は結局、かつての恋人(主人公)をどう思っていたのでしょうか。再会
出来て嬉しい気持ちはあったのかな。どのみち、今更よりを戻すのは無理でしょうけれど。


『柘榴』
美しい容姿を持ちながらダメな男と結婚した母。母から生まれた二人の姉妹もまた、母に似て
美しい容姿に恵まれた。二人の娘を溺愛する母は、ダメな父親の代わりに必死に働いて姉妹を育てた。
長女が高校受験を控えた年、ついに離婚を決意する。しかし、裁判官が言い渡したのは母にとって
無情な判決だった――。

雑誌にて既読。改めて読んでも、黒いなぁ、と思う。ただ、初読の時でも、オチの予想はついて
しまったんですよね。ああいう父親に対して、なぜ姉妹がああいう感情が持てるのか、ちょっと
理解に苦しむところはあります。父親についていったところで、破滅的な人生になるだけだと
思うけれど。まぁ、ダメな男に惹かれる女ってのはどこにでもいるものなんでしょうけどね。


『万灯』
商事会社に勤める伊丹は、バングラデシュに派遣され、新たな天然ガス資源の採掘開発ルートを
確保する任務を任された。物資集積拠点に最適な村がボイシャク村だったが、懸命な説得も虚しく、
村の長から強硬な反発にあってしまう。しかし、ある日伊丹はライバル会社の日本人社員と共に、
村の長と対立関係にある村民たちから、村に拠点を設置する代償として、恐るべき提案を持ちかけ
られる――。

資源の開発の為に、伊丹たちがバングラデシュでしたことも空恐ろしいことでしたが、日本に
帰ってからの展開は、更に恐るべきものでした。本人は完全犯罪だと信じて疑わなかったの
でしょうけれど、因果応報、皮肉な結末でした。衛生に問題がある国では、食べるものには
重々気をつけなきゃいけないってことでしょうかね。


『関守』
伊豆半島の小さな町の峠道で頻発する、謎の死亡事故について取材することになったライターの男。
峠の途中にある寂れたドライブインで休憩がてら、店員の老婆に話を聞くことに。すると、老婆は
それぞれの事故の詳細を知っていた――。

これは終盤読んでて非常に怖かったです。オチ的には目新しいものではないんですが、伏線の
張り方が絶妙なので、ミステリとしてもホラーとしても秀逸な一作じゃないでしょうか。
世にも奇妙な物語辺りで映像化したらはまりそう。
しかし、なんで先輩は無事だったんですかね。機会を逸したってことでしょうか。先輩はどこまで
知っていたんでしょうか・・・。知っていて後輩にこの仕事を振ったとしたら、とんでもない
先輩もいたものですが・・・(怖)。


『満願』
鵜川妙子の裁判は、私が弁護士として独り立ちして取り扱った初めての殺人事件だった。彼女は、
私の学生時代の恩人だった。彼女は夫が借金をしていた商事会社の男を殺害した。罪を全面的に
認め、裁判は懲役八年で結審した。しかし、彼女が罪を犯した背景には、隠された秘密があった
のだ――。

これも既読作。初読の時もそうでしたが、なんといっても犯行理由にのけぞりましたね。全く
逆転の発想だったので。妙子が主人公に親切にしていた理由も。まぁ、そこは、あくまでも彼の
想像に過ぎないのだけれど。
美しくたおやかな女性かと思いきやその本性は・・・。そうまでして守るべきものがあるから
こそ、彼女はダメな夫にも、辛い投獄生活にも耐えて生き抜けられたのかもしれません。
それが幸せかどうかは別として。





どれもラストのオチが効いていて面白かったです。オチがとことん黒いのがいいですね。
もちろんその分、後味はよくないのだけれど。そこがかえって爽快というかね。
個人的に好きだったのは、後半の三作かなー。米澤さんの技工力が光る良作ばかりでした。