ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

北森鴻/ 「屋上物語」/祥伝社文庫刊

北森鴻さんの「屋上物語」。

とあるデパートの屋上にある讃岐うどんスタンド。そこを切り盛りするのは、何事にも
動じない、通称「さくら婆ァ」と呼ばれる女傑。さくら婆ァが見つめる先には、様々な
ドラマが起こる。飛び降り自殺、失踪、殺人・・・屋上で起こる怪事件をさくら婆ァが
解決に導く連作ミステリ集。

実に面白い趣向で書かれたミステリで、一風変わった作品です。連作短編形式ですが、
前の作品と次の作品が微妙に繋がっていて、まさに連鎖のように関わってくるので、
一冊で一つの長編とも云えるかもしれません。それぞれ‘神の視点’が違っていますが、
この視点がとても変わっていて面白いのです。どう面白いのかは読んでのお楽しみ。
脇役キャラの興行師の杜田や、高校生のタクもいい味を出していて、さくら婆ァとの
かけあいなど、読んでいて非常に楽しい。
それに、何といっても、さくら婆ァの作るうどんが実に美味しそうなのです。北森作品
はいつも美味しそうなお料理が出て来るので、読んでいるとお腹が空いてくるのが玉に瑕(笑)。
ただ、それぞれ扱っている事件は意外に重い。ラストはさくら婆ァ自身の話も出て来て、
結末は決してハッピーエンドとは言えません。でも、この作品の結末としては、このほろ
苦さがいい着地点だったのではないかと評価します。

実は、本書を読んだのは相当前になります。ただ、先日本屋に行った際に本書の文庫版が
出ているのを見かけて非常に懐かしく嬉しく思い返したので記事にしてみました。北森作品
の中でも決してメジャーとはいえませんが、隠れた名作だと思っている位大好きな作品なので。
文庫化を機に、是非ともいろんな方に手に取って頂きたい作品です。
しかも文庫には私が読んだノベルス版には収録されていない短編のボーナストラック付きだそう
です(関係者でもないのに宣伝^^;)。私も今度本屋に行ったら買おうと思ってますが。

ところで、本書に出てくるデパートの屋上のうどん屋にはちゃんとモデルがあります。それは
文庫版の解説で愛川晶氏もほぼ答えを明かしてますが、東京の池袋の某デパート。もちろん私も
行ったことがありますが、讃岐うどんは食べたことがないです。本書を読んだ時にはすぐにでも
駆けつけたいと思ったのですが、結局今に至るまで食べに行ったことはありません。
いつか機会があったら(と言っても、行こうと思えばすぐ行ける場所なのですが)、食べて
みたいなぁと思います。さくら婆ァの幻影に出会えるかもしれませんからね。


追記:
この記事を書いた後文庫版を買って再読しました。再読してみて、思った以上にそれぞれ
の事件が重い話だったことに驚きました。印象ではもう少し軽めの連作ミステリだと思って
いたのですが。でも、最初に書いた通り、それぞれの話の着地点としてはとても北森さん
らしいラストが用意されていて、次に繋がる伏線になっている所にうなりました。う~ん、
やっぱり上手いな。本編のラストはやはりなんだかとても切なかった。さくら婆ぁには
ずっと屋上で極上の讃岐うどんを作っていて欲しかったです。
文庫版ボーナストラックに関しては、期待してただけにちょっと肩すかしを喰ったような
感じでした。タクしか出て来ないし。でも、タクの心の中にはずっとさくら婆ぁがいるって
分かっただけでも良かったかな。これから彼はどこに行くのでしょうか。いつか、また
3人が出会う日が来るといいのだけれど。いや、出会わない方がいいのかなぁ。
                           (H18.11.7 加筆)