ミステリ読書録

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三浦しをん/「仏果を得ず」/双葉社刊

三浦しをんさんの「仏果を得ず」。

文楽義太夫として日々の修行に打ち込む健。ある日、突然師匠の銀大夫から義太夫三味線の
兎一郎と組むことを命じられる。しかし、兎一郎は『実力はあるが変人』として有名だった。
相方になることが決まっても、兎一郎は一向に健と稽古をつけようとせず、楽屋に行っても
いつも不在だった。健の修行は前途多難だ。芸の道を極めようと奮闘する若手大夫の日常を
綴った傑作青春小説。


古典芸能を扱った小説はいろいろ読んで来ましたが、文楽というジャンルは初めて。当然ながら
全くもって未知の世界でして、ここで綴られる文楽の内情などは初めて知ることばかりでした。
そもそも、文楽って何なんだ?という疑問を抱えながら読んでいた為、なかなか世界に入って
いけない所はありました。人形を扱うみたいなので、人形浄瑠璃みたいなものか?と思ったら、
同じ意味なんですね(いや、浄瑠璃も観たことないけど^^;)。文楽の構成は、大夫、三味線、
人形遣いから成っていて、主人公の健は大夫、つまり語りの部分を担当する技芸員です。役を
掴んでその人物になりきって演じる姿は「ガラスの仮面」の北島マヤを思い出してしまいました。
文楽にかける健の情熱の激しさは、マヤちゃんに通じるものがあると思うんだけど。

実は中盤までは文楽という芸能の魅力があまり伝わって来ず、個々のキャラクターも中途半端な
印象であまり面白いと思えなかった。健がミラの母親に一目惚れするシーンも内面描写がない為
何故あの状態でお互いが恋に落ちるのか腑に落ちず、恋愛部分もツボにこなかったし。ミラの
母親である真智のキャラもいまいち好感が持てなかった。ただ、この辺りは終盤の記述でかなり
印象は変わってきて、最後は二人の恋を応援していましたが。
文楽の方も、兎一郎と健の息が合い、健が与えられた役をやりきる後半部分は読み応えがあり
ました。恋愛よりも何よりも義太夫が一番と言い切る健の文楽バカぶりがいっそ潔く、爽快
でした。たった一つでも打ち込める何かがあるって素晴らしいし羨ましい。文楽に魅せられ、
それを一生かけて習得して行こうと決意する健の思いに胸を打たれました。

健と銀大夫のかけあいが好きでした。普段は厳しいけど、弟子への愛情に溢れた素敵な師匠です。
古典芸能の師匠というと厳格なイメージがありますが、女性に弱かったり、小学生のミラちゃんに
優しく接したりと、芸を離れると意外に普通のオヤジなところがお茶目でよかったです。

ちなみに、タイトルの『仏果』とは仏教用語で修行を積むことによって得られる悟りのこと
を意味するのだとか。ラストの『仮名手本忠臣蔵』でようやく出て来る用語ですが、登場人物と
同化して「仏果なんていらない。生きて生きて生き抜く」と芸の道で生きて行く決意をする健
の心の叫びに胸が熱くなりました。しをんさんらしい迫力のある描写で、クライマックスに
相応しい名シーンでした。

文楽の知識がない私でもなかなか楽しめる青春小説でした。
まるっきり未知の世界なので、是非生で鑑賞してみたいです。