ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

田中啓文/「ハナシがはずむ!笑酔亭梅寿謎解噺3 」/集英社刊

田中啓文さんの「ハナシがはずむ!笑酔亭梅寿謎解噺3 」。

松茸芸能から独立し、新たに個人事務所 < プラムスター > を立ち上げた梅寿一門。しかし経営は
厳しく、赤字続き。経営費の足しにするべく、梅寿門下生たちは時代劇オーディションに応募する
ことに。竜二は難しいネタの稽古中で辞退したかったが、梅寿に命令されて嫌々ながら受けるはめに
なる。しかし、オーディションで演じた芝居が思いの他面白く、芝居に夢中になって落語がおろそかに
なってしまう。そんな竜二を見かねた梅寿は、竜二に地方へのドサ回りを命じる。預けられた先は
集客もほとんど見込めず、芸人たちも年老いて古臭い芸ばかりの辛気くさいボロ劇場だった。
しかし、近所の大劇場の芸人を相手に貧乏劇場のメンバーたちが芸対決をすることになり、竜二は
彼らの真の芸術の力を見せられることに。対決が終わり突如東京に呼び戻された竜二を待っていた
のは、とんでもない襲名騒動だった――梅寿シリーズ待望の第三弾。


楽しみにしていた梅寿シリーズ第三弾。前作にも増してミステリ度が低くなり、副タイトルの
『謎解噺』はどこに行ったんだ?とツッコミたくもなりましたが、面白さは変わらず。この
シリーズはもう、竜二の落語家としての成長を追う青春(?)小説として読むべきでしょうね。
今回も竜二には次から次へと問題事が持ち込まれます。竜二自身も落語と芝居、どちらを取る
べきなのか悩み、結論を出します。芝居にうつつを抜かす竜二の言動を読んでいると、なんだか
中途半端な気持ちで落語をやっていて嫌な気持ちにもなったのですが、その裏で竜二を見守る
梅寿の姿にジーンとしました。普段は呑んだくれてだらしない師匠だけど、ちゃんと弟子の
ことを考えて最善の道を行かせてあげようと考えているところが泣かせます。まぁ、本人には
結局届かなかったけれど・・・(苦笑)。大女優吉原あかりのキャラがなかなかいい。先に
ミステリ度が低くなったと書いたけれど、「あくびの稽古」だけはミステリを全面に押し出し、
日常の謎を通り越していきなり殺人事件が出て来るので、かなり面食らいました。突然どうし
ちゃったんだろう?と首をかしげていたら、きちんと裏があり腑に落ちました。トリック等は
目新しさはなかったけど、梅寿のトマトジュースが重要な要素になっていて、なかなか良く
出来てます。このトマトジュースに関してはその後のエピソードにも関わってきますし。
梅寿がお酒の代わりにトマトジュースを飲み始めた時点でなんとなく嫌な予感はしていたの
ですが、終盤の展開にはかなりショックを受けながら読みました。まさかまさか、最悪の
事態にはならないだろうとは思っていましたが、ページを捲るのが少し怖かったです。
黒塚医師の「笑芸人は・・・」の言葉は竜二同様、ずーんと重く響きました。それが笑芸人
の運命なんでしょうね。一生人を笑わせていなければならない。因果な職業だなぁと思う
けれど、人に笑いを提供できるって素晴らしいことです。梅寿にはまだまだ現役でいて欲しい。







以下ラストに触れる記述があります。未読の方はご注意下さい。










危篤の梅寿そっちのけで、梅寿門下生たちが次の梅寿襲名に関してあれこれ言って
いるのには腹が立ちました。そんな中で竜二だけが師匠の生を信じてみんなに啖呵を
切る姿に感動。あんなにぼこぼこにされて滅茶苦茶な扱いを受けてるのに、なんだかんだ
言って梅寿のことが大好きなんだなぁというのが伝わってきて嬉しくなりました。
ああ、麗しき師弟愛(梅寿と竜二だと何故か笑っちゃうけど)。
でも、梅寿襲名を竜二に指名した裏にある事実にはずっこけましたが。
『日和ちがい』のエピソードがここで生きてくるとは。なかなかやりますね、田中さん。







落語ミステリというとちょっと語弊がある気もし始めてきましたが、やっぱりこの
シリーズは安定して面白い。出て来る落語家や芸人たちの名前も面白くて、こんなの
よく思いつくなぁと思います。さすが田中さん・・・。個人的には梅刈子(バイカル湖?)
が結構ツボなんですが(笑)。
今回梅寿が全体的に大人しかったので、次回はもっともっと大暴れして欲しいです。