ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

北村薫/「野球の国のアリス」/講談社刊

北村薫さんの「野球の国のアリス」。

少年野球のエースピッチャーだった少女アリス。中学の野球部は女子の入部を認めてくれ
そうもなく、小学校卒業と供に野球を諦めるしかないと寂しく思っていた。そんな春休みの
ある日、「大変だ大変だ」と叫びながら走っていく新聞記者の「ウサギさん」を追いかけて
時計屋さんに行き着くと、鏡の中に入っていく「ウサギさん」を目撃する。思わずアリスも鏡に
触れると、そのまま鏡の世界に入ってしまう。そこは全てが反転した鏡の世界。そこでの
アリスは野球に興味のない普通の女の子だった。全てが反転したその世界では、野球も
「負けたチームが勝ち進む」逆の大会が行われていた――講談社ミステリーランド最新刊。


久々にミステリーランドの新刊が出ました。レーベル立ち上げ当初は三ヶ月に一度、三冊の
配本ペースで刊行されていたのに、いつのまにやら一度の配本にせいぜい一冊、しかも不定
出版という寂しい刊行ペースになってしまっているのが残念。執筆陣は豪華だけど、遅筆
そうな人ばかりだから仕方ないのかな。

不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」を基にした設定が随所に見られ、知っている
人間にとってはにやりと出来ます。新聞記者の「ウサギさん」、にやりと笑う「メタボ猫」、
ウサギさんに招かれる「お茶会」、全てを仕切る新聞社の社長赤野さんこと「赤(ハート)の
女王様」などなど。ついつい読んでいてうふふ、と笑ってしまいました。ルイス・キャロル
アリスシリーズはどちらも私の中学生時代のバイブルでしたからね!

その傍らで、各登場人物のキャラ造詣も絶妙です。勝気だけれど、一本筋の通った男気のある
主人公・アリスのキャラが何といっても秀逸。野球が大好きで男まさりだけれど、気になる
男の子の前ではちょっと奥手でもじもじしてしまう可愛らしさも持っていたりして、とにかく
読んでいてついつい応援したくなってしまう。アリスが気になる男の子・安西君もなかなか
素敵な少年ですが、それよりもっと素敵なのはアリスのライバル・天才バッター五堂君。
終盤で相手チームのキャプテンが吐いたアリスへの暴言に対する毅然とした態度と言葉に
シビレました・・・かっこよすぎ!ほんとに君は中学生かーーとツッコミを入れたくなりました。
彼は完全に「好きな子をいじめるタイプ」と見ましたが。アリスとはお似合いだと思うのですが、
アリスが気になるのは安西君。三角関係(?)の今後の展開が気になる所でした。

ただ、ストーリー展開は少し物足りない。ミステリ的な驚きが入っていたらもっと良かったと思う。
それと、私自身が野球というスポーツにあまり関心がない為、終盤の試合の場面の状況がいまいち
把握できなかったのも痛かった。これが「サッカーの国のアリス」だったらもっと楽しめていた
のかも・・・スクイズがどうとか言われてもルールよく知らないから意味がわからないんです
もの^^;野球が好きな人なら一番面白いシーンなんでしょうけど、私はあまりピンと来な
かったです。

北村さんらしい優しい語り口と童話の世界をモチーフにした所はとても良かったのだけれど、
上記の理由で他の皆さんのように絶賛というところまではいかなかったです。ただ、子供も大人も
楽しめる作品という意味ではミステリーランドの主旨と合っていると思うし、さすが北村薫
と思わせる文章やキャラ造詣で楽しめる作品だったことは間違いありません。

一つ気になったのは、鏡の世界では全てが反転しているという設定なのに、何故季節が春と夏
なのか。普通は秋になるんじゃないの?何故そこだけ1/4のズレだったんでしょうか。長期休み
があるからかな。そうだとすると、ちょっとご都合主義すぎるような気もしますが。その辺は
少し設定の甘さを感じるところでした。反転の世界という概念はとても面白かったですけれどね。

そろそろ恩田さんや京極さんの作品が出て欲しいなぁ。