ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

京極夏彦/「冥談」/メディアファクトリー刊

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京極夏彦さんの「冥談」。

三年ぶりに小佐内君の家を訪れた僕は、縁側から庭の鮮やかな椿を見ながら世間話をしていた。
そろそろ帰ろうかと腰を上げかけると、小佐内君から「病院に行くから留守番して欲しい」と
頼まれた。僕が来る10分程前に、妹の佐弥子さんが息を引き取り、診断書を書いてもらうのだと
言う。僕は佐弥子さんが好きだった。小佐内君が出かけてしまうと、障子を開けて佐弥子さんが
現れた。佐弥子さんは真っ白だった。透けるような儚い白さだった。佐弥子さん、君はもう死んで
いるのじゃないかい――(『庭のある家』)。怪談専門誌『幽』の連載に書き下ろしを加えた全8篇
を収録。


京極さんの最新刊。『幽談』に続く幻想怪奇譚集、第二弾です。前回はタイトルは『幽』談でも、
幽霊というよりは妖怪ちっくなお話が多かったのですが、今回はタイトルの『冥』談に則した、
冥界にいるべきもの、つまり死者を軸にしたお話が多かったように思います。死者と生者を繋ぐ
物語とでも言いましょうか。生きているのか死んでいるのか、何かわからない『モノ』もいました
が^^;
どのお話でも共通するのは、淡々とゆるやかな語り口で進む物語の中に不意に現れる、『異形のモノ』
の存在のひんやりした怖さ。今回も怪談という程の怖さまではいかないのですが、背筋にすっと
冷たいものが走るような、ぞくりとした雰囲気は顕在でした。文章が相変わらず美しいですね。
全体的に紗がかかったような、茫とした空気があり、独特の酩酊感を覚えながら読みました。
こういう妖しい雰囲気作りは本当に天才的に巧いですね、京極さんは。トータルとしてはちょっと
前作よりは読み応えがなかったようにも感じましたが、締めくくりの『先輩の話』が余韻の残る
良作だったので、満足して読み終えました。


以下、各作品の感想。

『庭のある家』
真っ赤な庭の椿の花と、真っ白な佐弥子さんの存在の色の対比が美しいですね。死んだと聞かされた
佐弥子さんが現れても、普通に受け入れてしまう主人公の対応が、非現実感を助長させています。
ラストの小佐内氏に対するオチも巧い。

『冬』
三角の穴の中から無表情にこちらを見ている女の子の顔が怖い。主人公が最後に話しかけた後の
反応はもっと怖い。○○ていくって、何を――!?こわいよぅ。

『凮の橋』
すみません、最初タイトル何て読むのかわかんなかったです^^;『かぜ』なのね。『風』の
旧字とかなのかな?怖くて嫌いなだけの存在だった筈の祖母が懐かしい。何故――?というところ
から物語は意外な展開へ。これもラストに出て来るあるモノの裏側にある顔が怖い。うひょ。

遠野物語より』
死んだ筈なのに『山女』として現れた繁君の大叔母。生きているのか、死んでいるのか。最後に
一応の結論が出ます。そっちかー!

『柿』
これは厭だった。柿の中ににょろりとした虫がいるって想像しただけで気持ち悪い。そのまま
ゴミ箱に捨てても、虫は生きて蠢いているって状態がもう耐えられない。でも、もっと厭なのは
窓から覗く真っ黒い婆。そして真っ黒い婆がくれた柿。そこから出て来た黒い虫。その虫の顔が。
怖ーーー。

『空き地のおんな』
これもなかなか強烈な話。京極さんらしからぬ語り口。かなり設定は俗っぽい。のだけれど、
空き地に半分埋まった女が。何も言わず、ただひたすらこちらを見ている、半身だけの女。怖い。
オチも思いっきりブラック。自業自得なのか。でも、相手の男、最低。

『予感』
使われなくなった家、つまり廃屋とは死んだ家なのか。主人公と谷崎さんの廃屋談義が興味深い。
廃屋に住んでいる谷崎さんは死に囲まれている。谷崎さんの『予感』は当たるのか。こんな予感が
する家、なんで住んでるんだろう。不思議。

『先輩の話』
これは好き。素晴らしい人格者だったおじさんの思い出と、そのおじさんを可愛がっていた
おじさんの祖母とのお話。唯一、怖さを全く感じなかった話。切なく、余韻の残る読後感に
じーんとしてしまいました。
「お話になることで、僕らは過ぎた昔、死んだ時間の幽霊に会えるんです。」良い言葉だ。
『冥談』という作品集の締めくくりふ相応しい、素晴らしい着地点だったと思います。



こうして記事にする為に一作づつ読み返してみると、最初読んだ時は全体的に小粒かな、という
印象があったのですが、それぞれの完成度はかなり高いと認識を改めさせられました。やっぱり
巧いですね、京極さん。好きだなー。しみじみ。

装幀も相変わらず凝っていてさすがですね。本文の上側に書いてある作品タイトルやらページ数やら
の文字の方向が1作ごとに違っているのが面白い。ほんとに凝り性というか(苦笑)。文字の
方向変えて何の得があるんだって気もするんだけど、このへんてこな文字方向がまた作品の
酩酊感を増幅させていて巧いなぁと思わされてしまうのよね(苦笑)。