ミステリ読書録

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藤谷治/「船に乗れ!< 1 >< 2 >< 3 >」/ジャイブ刊

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藤谷治さんの「船に乗れ!!< 1 >< 2 >< 3 >」。

音楽一家に生まれた津島サトルは、中学一年でチェロを始めて、専門の先生に学び、中学三年の時
芸大付属高校を受験した。しかし、敢え無く受験に失敗、音楽高校としては三流の新生学園大学
附属高校音楽科に進学した。元が女子高だったせいで極端に男子の少ない学校で、サトルと同じ
音楽科に進学した生徒はサトルの他にはわずか5名だけだった。新しい生活が始まったサトルは、
ヴァイオリン科の一年生、南枝里子と出会い、心惹かれる。音楽を通して心を通い合わせた二人は、
付き合い始める。音楽と恋愛で充実した学生生活を送るサトルだったが、大きな試練が彼を待ち
受けていた――傑作青春音楽小説三部作。


更新出来なかったのはなまけていたからではなく、この三部作を読んでいたせいです。この作品と
向き合い、どっぷりとのめり込んでしまった三日間でした。いろんな意味で、読み出したら止ま
らない、ノンストップ青春小説でした。藤谷さんは以前にモリミーの『夜は短し恋せよ乙女』に
似ているとbeckさんから教えて頂いて読んだ『恋するたなだ君』以来、久しぶり。とても好きな
作品だったのだけれど、何故かその後他の作品に手が出ないままでした。でも、この『船に乗れ!』
の一巻が発売された時書店で見かけた瞬間、「これは絶対私好みだ」と確信して、読もうと決めて
いる自分がいました。でも、なぜかこの作品だけ待てども待てども図書館が入荷してくれず、
存在を忘れた頃にはいつの間にか入荷され予約がえらいことになっていたという・・・。その上、
続刊が出る度に評判が上がり、挙句の果てには本屋大賞ノミネート。全三巻ということもあり、
大賞候補の筆頭に挙げられる程の話題作に。こりゃ、一体いつ読めるかわからんぞと嘆いていた
矢先に、どんな本を持って行きますか?の記事で書いたように、甥っ子が三巻全部購入し、
読んだ末に私に回してくれたのです。元は私のお金から出ているとはいえ、甥っ子は自分の好きな
マンガや本を自由に買うって選択肢だってあった筈なのです。それなのに、読んでもいない私の
「読みたいから買って欲しいな~」というわがままを聞いて、買って読んで貸してくれた素直さと
優しさにほろり。身内の私が言っても説得力ないかもしれないけど、ほんとに中学一年にして、
私の100倍は人間が出来ている甥っ子なのです。本当に、ありがとね(この記事読む可能性ゼロ
だけど、一応ね^^;)。


って、前置き長過ぎた^^;すみません^^;;
で、本書です。先に『青春小説』と書きましたが、その前に『暗黒』とかマイナスの形容詞を
つけたくなってしまうくらい、二巻の途中から爽やかさとはかけ離れた展開になって行きます。
はっきり云って、そこからの辛く暗い展開には賛否両論どころか、否定の評価しかないのでは
ないかと思う程、重い。私も、二巻の途中から読み続けるのがしんどかった。二巻から重い展開
になるっていうのは、知ってはいたのですが、正直、想像以上のものがありました。ここまで
書かなきゃ行けなかったのか?と疑問は覚えるけれども、ただ、爽やかなだけじゃない、本当に
取り返しのつかないことをしてしまった人間の後悔と痛みを、そのまま作者は書きたかったのだと
思う。ネットで作者のインタビューを読みましたが、藤谷さんご自身も、その部分は本当に書く
のが辛かったのだとか。でも、そこを書かなければ、おそらく、三巻は有り得なかったのだと
思います。純粋に音楽と恋愛を楽しんだ1巻が喜びと明るさに満ちているからこそ、二巻の、
坂道を転げ落ちるかのような人生の急落がより心に突き刺さって来る。そして、その痛みと、
どうしようもない後悔を抱えながら、音楽と向きあって行くサトルが、最終的にみんなと共に
奏でる音楽の尊さ、美しさ。そこには、サトルのした卑劣で汚い行為やドロドロした後悔
なんか関係なく、ただ美しい音楽を創り上げたいという熱意と、音楽への情熱だけしかない。
技術が未熟でも、みんなが情熱をぶつけ合って奏でる音楽の美しさ、素晴らしさだけが残り、
心を打ちました。
はっきり云えば、哲学を語り合うシーンや、専門的な音楽用語が続くシーンなど、とっつき
にくくて退屈を感じるシーンもたくさんありました。でも、サトルたちが楽器を演奏するシーン
の臨場感溢れる描写は秀逸。音楽が襲いかかってくるような、圧倒される空気がありました。
特に、三巻のラストのミニコンサートのシーンは圧巻でした。作者ご本人も音楽をやってらした
経験があるようなので、それが生かされているのでしょうね。







以下、作品の核心に触れる記述があります。未読の方はご注意下さい。












でも、ミニコンサートでのうのうと現れた南には腹が立ちましたが・・・。もともと、1巻で
登場した時から好きになれないヒロインではあったのですが。特に、サトルが留学を決めた時の
態度。自分に自信があるのもたいがいにしろ!って言いたくなりました。はっきりいえば、
サトルの留学中に彼女の身に起こったことは、予想したそのまんまだったので拍子抜けでは
あったのですが、多くの人が重い、酷いと言っていたのは、その後の金窪先生のくだり
なのでしょうね。そして、私もまた、サトルが金窪先生にした卑劣な行為は絶対に許しがたいし、
サトルという人間自体を全否定したくなるくらい、嫌悪感でいっぱいになりました。でも、
人間っていうのは、後で思い返せば何故あんなことをしてしまったのか理解出来ないような
ことをしてしまう時があるものです。そうせざるを得ない時が。あの時のサトルは、何だか
わからない『何か』に取り憑かれてしまって、自分を見失ってしまったが故の行動だったの
でしょう。だからといって、彼のしたことは許せることではないけれど。三巻での金窪先生
との再会のシーンでも、金窪先生自身が彼のことを許してないですし。金窪先生の態度自体も、
もっとゆるく書こうと思えば書けた所を、実にシビアに、人間らしく描いている。生徒相手に
大人気ないとも取れる言動だけれど、実際自分がもし金窪先生と同じことをされたら、きっと
同じ態度を取ると思う。なんで来たの?どのツラ下げて?って思うと思う。だって、サトルは
それだけ金窪先生の人生を歪めてしまったのだから。人一人の人生をどん底にまで落とした人間
が、そう簡単に許されるべきではないし、そこを簡単に「謝ってくれたのだからもういい」なんて
言って許してしまうラストだったら、きっとこの作品が書かれた意味がなくなってしまう。
どこまでもシビアに現実を見据えた作品だからこそ、リアルに胸に響くのだと思うから。
サトルのその後の人生もまたしかり。どんなに恵まれて輝いた学生生活を送っていても、結局多くの
凡人と同じように平凡な人生を歩んで行く。栄光と挫折を味わって、重く苦い後悔を一生
抱えたままで。













二巻の途中からは、本当に精神的に読むのがきつい所も多かった。でも、読むのを止めたいとは
一度も思わなかったです。最後まで読んで、胸に残ったのは、美しい音楽が私も聴きたい。自分で
奏でることは出来ないけど、誰かが奏でる素晴らしい音楽に身を浸したい、それだけです。
この作品が評価されている理由は、ただ爽やかなだけの青春小説ではないところでしょう。
辛く苦い過去を振り返る今のサトルは、その時の自分の未熟さや幼さ、ずるさや卑劣さ、
すべてを分かっている。でも、その時はどうしようもなかった。今のサトルの気持ちは多分、
読んでいる読者と同じです。若い頃の自分が止められるなら止めたい。その後悔とやりきれなさ、
いたたまれなさが伝わって来るから、読んでいる側にも響くのだと思います。

『一瞬の風になれ』のようにストレートに爽やかな青春小説とは対局にあるような作品だと
思います。でも、読めて良かったと思う。好き嫌いは分かれそうですが、私はこちらの方が多分
ずっと現実的なのではないかと思います。音楽という特殊な位置にいる人達の物語ではあるけれど。
でも、大なり小なり、誰でもあの時ああすれば・・・っていう後悔は抱えているものだと思うから。
本屋大賞、取って欲しいなぁ。
音楽(特にクラシック)がお好きな方にはお薦めしたいですね。のだめみたいなプロのオーケストラ
ものとは違って、高校生たちのへっぽこオーケストラだったりしますけれど^^;でも、アマチュア
だからこその良さがある作品だと思います。

読み終えてみれば、三冊の副題が非常にその作品の本質をついていることに気付きます。
1巻は<合奏と協奏>で、サトルと南、二人の物語。
2巻は<独奏>で、サトル単独の物語。
そして3巻が<合奏協奏曲>で、サトルと他の仲間たちとの物語。
音楽に絡めつつ、きちんと作品の内容を表わしている。巧いなぁ、と感心しました。



三冊分だからか、三日ぶりの記事だからか、この作品だからなのか、やたらに長文になって
しまった・・・すみません(誰も読む気にならなそう^^;)。まだまだ、それぞれの作品の中で
印象的なシーンや人物について書きたいことは山ほどあるのですが^^;
とりあえず、多くの人に読んで欲しい作品なのは間違いありません。