ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

三上延「同潤会代官山アパートメント」/深水黎一郎「第四の暴力」

こんばんは。今日は梅雨の中休みといったいいお天気で、洗濯物もよく乾きました。
週末からはまた雨になるみたいですが。じめじめどんよりしていて気分も
下がり気味になっちゃいます。梅雨が明けたら明けたで猛暑がやってくる
のでしょうけどね~^^;今年は春が短かった気がするなぁ・・・。

 

今回も二冊ですー。


三上延同潤会代官山アパートメント」(新潮社)
代官山の同潤会アパートで四世代に亘って住み続けた家族の物語。1927年
から10年ごとに物語が進んで行き、1997年まで描かれます。その都度、
住む人々の顔ぶれは変わって行きますが、アパートだけは変わらずにそこに
存在し続ける。まぁ、最後には取り壊されてしまうのですけれど。街並みは
変わっても、そこにずっとあり続けるものがあるっていうのは、本当に心強い
ものがあると思う。帰る場所があるって思えるだけで、心の支えになると思うし。
10年ごとに時間が過ぎて行くので、子供だった人物が大人になって行く過程も
知ることが出来るし、若かった人物がだんだんと年老いて父や母になって、祖母
祖父になって、最後には曾祖母・曽祖父になるところまで、人生を追うことが
出来て、感慨深いものがありました。年老いて行くにつれて、身体が不自由に
なって行くところは、切ない気持ちにもなりますけれど。それが年を取るという
ことなんだな、とも言えますし。10年ごとに同じ家族が描かれていくので、
その都度それぞれのライフステージが変わって行くところもリアルでした。
すべての物語の中心ともいえる、八重さんのキャラクターが良かったですね。
その夫・竹井の朴訥だけど温かい人柄も好きでした。この二人がいたからこそ、
その後の子供や孫といった子孫たちがみんないい子に育ったのだと思えました。
それぞれに問題を抱える時期もあるけれど、最終的には幸せになっているし。
大きく道を踏み外す人物がいないのは、代官山アパートに行けばいつでも
八重さんや夫の竹井がいて、優しく迎えてくれたからじゃないでしょうか。
特に、八重の孫の進や、曾孫の千夏にとっては、八重の存在が大きかった
のではないかな。1988年の、代官山アパートで三人で暮らすお話が
好きでした。千夏が学校で受けた仕打ちはあんまりだと思いましたが、八重
さんがいつでも帰って来ていいと優しく受け入れてくれたからこそ、千夏の
こころが壊れずに強くいられたのだと思う。そういう場所があるっていいなぁ
って思いました。
竹井が最後に痛む身体を押してでも代官山アパートの三階に上りたいと
願ったのも、そこが自分の帰る場所だと思ったからだと思う。同じアパートの
一階に住んでいても、やっぱり八重との出発地点である三階からの風景を
目に焼き付けておきたかったのでしょう。その場所での二人の『ただいま八重さん』
『おかえりなさい』のやりとりが優しくて、本当に素敵なご夫婦だと思えたから
こそ、余計に切なくてやるせない気持ちになりました。
八重さんの最期と、冒頭のシーンがリンクする構成も良かったですね。
冒頭に出て来た若い女性は、あの子のことだったんですね。
アパートの取り壊しには千夏同様悲しい気持ちになりましたが、そこでずっと
生きて来た人々の思い出はずっと変わらないもので、それぞれの心の中に
ずっと生き続けるんだろうな、と思えました。
ところで、同潤会アパートって、当時はあちこちに建っていたんですかね。
表参道の同潤会アパートの前は昔通ったことがあったのだけど(もう
取り壊されているのかな?)、代官山にもあったとは知らなかったです。
老朽化して、どこも取り壊されてしまっているのかな。こういう文化的な
建物がなくなってしまうのは寂しいものです。
切なくも温かな余韻の残る、素敵な家族の物語でした。


深水黎一郎「第四の暴力」(光文社)
深水さん最新作。マスコミやメディア等の業界をテーマにした三編からなる中編集。
タイトルはすべてサッカーの出来事になぞらえてつけられています。まぁ、
このタイトルに関してはあんまり意味はない気もしますけど。
最近のメディアに対しては私もいろいろと思うところがあるけれど、
本書でもうんざりするようなマスコミの嫌な面がこれでもかと出て来ます。
一話目の『生存者一名 あるいは神の手』は、家族が土砂災害の犠牲になり、
たまたまその晩自宅を不在にしていて自分一人が生き残ってしまった樫原悠輔が
主人公。奇跡的に生き残った生存者の悠輔に、マスコミの非道な取材が襲い
かかる――。
家族を一度に失った人間に対してあまりにも酷いマスコミの態度に腹が立って
仕方なかったです。最近の事故や事件の被害者遺族に対するマスコミの対応
にも何度も腸が煮えくり返る思いになったりしているので、かなりリアルに
感じました。ただ、マスコミが悠輔に仕掛けたドッキリに関しては、さすがに
やりすぎな感じはしましたけど。ここまでメディアが腐ってるとは思いたく
ないです・・・。最後まで読むと、昔流行ったゲームブックみたいに、次に
読む作品の選択が提示されます。まぁ、①を飛ばして②を読む人なんてほとんど
いないと思いますけど^^;しかも、①を飛ばして②を読んだとしても、
結局その後①を読むでしょうし。設定としては面白いけれど、作品として
特に効果的な何かがある訳でもなく、あんまり意味がないように思いました。
二話目の『女抛春(ジョホールバル)の歓喜-樫原事件のない世界』は、
業界にどっぷり浸かった傍若無人なプロデューサー兼ディレクターの子安が
主人公。我が物顔で業界内で好き勝手やって来た子安だが、ある日突然鳩尾に
激痛が走り、病院で検査する羽目に。その病名とは――。
子安の身に起きたことは、偉い立場で人をこき使って来たつけが来たとしか
思えなかったですね。もう少し謙虚に振る舞って、私生活でも気をつけて
生活していたら違っていたのかも。業界のお金で美味しいものを食べまくり、
不摂生が祟るとこうなるんだろうなーと皮肉な気持ちになりました。
ちなみに、一話目で②を選んだ場合の出来事でして、樫原が意外な姿で
再登場します。あの事件を樫原が起こさない場合、こんな立派な主張で
世間をざわつかせることになるんだなぁと感慨深いものが。樫原にとっては、
こっちの人生の方が良いのかもしれないなぁ。
三話目の『童派(ドーハ)の悲劇 樫原事件のある世界』は、国際的に活躍
するエリートサラリーマンの津島が主人公。下世話な芸能界やテレビなどの
メディアには一切興味がなく、ひたすら仕事に邁進する男。津島が優秀な人物
しか選ばれない一年間の海外研修を終え帰国すると、日本はとんでもない法令が
まかり通る国になっていた――。
ちなみに、一話目で①を選んだ場合の出来事になります。樫原には更なる悲劇が
襲いかかった模様。そして、世間ではマスコミに対する見方が変わってしまう。
なんか、マスコミを教祖に見立てた宗教みたいだと空恐ろしくなりました。
改めて、樫原事件は起きない方がいいんだろうな、と思わされました。
業界の闇を逆手に取った問題作と云えそうです。マスコミを敵に回すような
内容なので、作者のウリは『テレビの情報番組で絶対紹介されない』作品
ということのようです。逆に、ここまで言われたら、王様のブラ○チとかで
取り上げられたら面白いけれどね。
ミステリ的な要素がほとんど入ってないので、ちょっと個人的には物足りなかった
です。だから何?って感じの終わり方だったしね。ちょっと肩透かしの作品
だったかも。