ミステリ読書録

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梨木香歩/「椿宿の辺りに」/朝日新聞出版刊

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梨木香歩さんの「椿宿の辺りに」。

 

皮膚科学研究員の佐田山幸彦は三十肩と鬱で、従妹の海子は階段から落ち、ともに痛みで難儀
している。
なぜ自分たちだけこんな目に遭うのか。
外祖母・早百合の夢枕に立った祖父から、「稲荷に油揚げを……」の伝言を託され、山幸彦は、
鍼灸師のふたごの片われを伴い、祖先の地である椿宿へと向かう。
屋敷の中庭には稲荷の祠、屋根裏には曽祖父の書きつけ「f植物園の巣穴に入りて」、
明治以来四世代にわたって佐田家が住まいした屋敷には、かつて藩主の兄弟葛藤による惨劇も
あった。
古事記』の海幸山幸物語に3人目の宙幸彦が加わり、事態は神話の深層へと展開していく。
歯痛から始まった『f植物園の巣穴』の姉妹編(紹介文抜粋)。


久しぶりの梨木さん。図書館の新刊情報ページの紹介文を読んだら、以前に読んだ
『f植物園の巣穴』の続編みたいなことが書かれていたので、これは読まねば!と思い
予約した次第。厳密に言えば、純粋な続編とは違いましたけれど(時代が違うので、
『f植物園~』に出て来た人物はすでに故人となっており、名前だけの登場でした)。
というよりも、『f植物園~』自体が作中作の扱いになっているので、あの作品は
作中人物によって書かれた書物だった(フィクション、ノンフィクション如何はともかく)
という設定になっているようです。実は、主人公も全然違う人物だし(血縁関係はあるけど)、
登場人物も全く重複していないので、途中まで二つの作品の繋がりが全くわからなかった
のです。途中で『f植物園~』と曽祖父の話が出て来て、やっと両者の関係性がわかって、
なるほどー!って感じでした。
まぁ、直接の繋がりはほとんどないので、『f植物園~』を読んでなくても
特に問題はないです。読んだとはいえ、私も内容全然覚えてなかったし(相変わらず・・・)。
本書よりあちらの方がファンタジー色は強かったですね。山幸彦の曽祖父による創作物
だったと思えば、納得もできるような。
ただ、本書も不思議な話であるのは間違いなく、梨木ワールド全開って感じ。
主人公は、化粧品メーカーの研究所に勤める佐田山幸彦(さた・やまさちひこ)。
三十代にも関わらず、四十肩が酷くなり、日々の生活に支障がでるようになって
しまう。その話を従姉妹の海幸比子(海子)に告げたところ、彼女もまた、身体中の
痛みを伴う難病で苦しんでいた。二人の名前は、神話の海幸彦山幸彦に触発された、
今はもう亡き祖父によってつけられた。痛みで苦しむ二人が、ある日寝たきりの
祖母の早百合を見舞いに赴くと、寝ている彼女の夢枕に立った祖父から、『稲荷に油揚げを』
告げられたと言う。それを聞いた山幸彦は、海子から紹介された鍼灸師の双子の片割れ・
亀シを連れて祖先の地・椿宿に向かい、誰も訪れなくなった稲荷に油揚げをお供えしに
行くことに。その地には、山幸彦たちを襲う痛みの原因が隠されていた。かつて椿宿の
お屋敷で起きた惨劇とは――。
全身の痛みで苦しんでいる割に、二人のキャラのせいか、山幸彦も海子もそんなに悲痛な
感じがしない。いや、痛みの度合いは相当酷いものだし、山幸彦なんか鬱も発症しているしで、
二人ともなかなかに悲惨な状況ではあるのですけども。でも、二人の関係や会話のやり取りも
独特で、コミカルな印象さえ受けてしまいました。
亀シのキャラも面白くて、彼女と山幸彦の会話にはついつい、くすりと笑える可笑しさが
ありました。物語は過去の土地の因縁なんかが絡んで、神話の壮大さも加わって、
なかなかにスケールの大きなお話なのだけれど、どこか独特のユーモアがあるので、
あまり肩肘張らずに入って行けました。梨木さんの文章やキャラ造形の上手さのおかげも
あるかも。
二人の痛みの真相は、正直いまいちよく消化出来ていない部分も多いのですけども。
祖先の因縁や、噴火や洪水による治水の歪みなんかが原因で、無関係な子孫の身体に
痛みが出るなんて、子孫にしてみればたまったものじゃないですよね。
仮縫鍼灸院の亀シの、先を見通せるような不思議な能力にちゃんと理由があったところは、
拍子抜けしたともいえるし、腑に落ちるとも言えました。本当に千里眼なのかと思って
たんで、がっかりした感じも強かったけど。でも、憎めないキャラですよね。
最後に、宙幸彦と山幸彦の往復書簡で終わっているところが憎いですね。宙幸彦の
手紙でいろんなことが判明する訳ですが。スケールが大きすぎて、何が何やらって
感じもありましたけど(アホ^^;)。
最後に、海子のその後や、宙幸彦の子供が無事産まれたことがわかったのも良かったです。
子供の名前が気になるなぁ。そして、海子には遠い地で幸せになってほしいですね。
めくるめく梨木ワールドをたっぷり堪能できる一作だと思います。ファンならきっと
とても楽しめる作品じゃないかな。