ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

町田そのこ「あなたはここにいなくとも」(新潮社)

町田さん最新刊。そこにいない人に思いを馳せ、人生の指標を見出して行く、

魂揺さぶられる5つの短編集。どのお話にも個性的なおばあさんが出て来ます。

主人公も女性ばかりなので、女性が読むと共感覚える話が多いのかもしれない。

もちろん、共感を覚える話ばかりではありませんでしたけれど。女性ならでは

の感性で、黒い感情を描いている点でも、リアリティがありましたね。どれも

短編ながら心にぐさりと突き刺さるお話ばかりだったのですが、個人的に好き

だったのは、冒頭の『おつやのよるに』とラストの『先を生くひと』かな。

特に、ラストの『先を~』は胸を打たれるお話だった。登場人物も良かったしね。

 

では、各作品の感想を。

『おつやのよるに』

祖母が急死したことで急遽里帰りすることになった清陽。交際相手の章吾からは、

お通夜だけでも顔を出したいと言われたが、固辞したことで、喧嘩になってしまった。

清陽は章吾に、家族を紹介したくない理由があったのだ――。

これは、結構あるあるですよねぇ。自分の家族に何らかの問題がある場合、恥ずか

しくて、家族を友だちや交際相手に紹介出来ないケース。誰にでも、家族や親戚の

中に、問題のある人が一人や二人いるものですよね。私の親戚にもいましたよ。

酒癖悪くて、DVするようなタイプの人が。だから、清陽が頑なに章吾をお通夜に

呼びたくない気持ちは理解出来ました。ただ、清陽の場合は、少し家族に対して

負のバイアスがかかっていただけのような感じもしますが。章吾が清陽の家族も

大らかに受け止めてくれる器の大きい人でほっとしました。

 

『ばばあのマーチ』

いじめで勤めていた会社を退職した香子は、お菓子工場で働いている。恋人の

浩明からは、早く転職して正社員の職を見つけるべきだと急かされるが、対人

恐怖症気味になってしまった香子は、なかなか踏ん切りがつかない。パワハラ発言

を繰り返す浩明にもやもやしながら歩いていると、街で有名な「オーケストラばばあ」

を見かける。近所でも有名なおばあさんで、なぜか自宅の庭でいろんな食器を集めて、

よくわからない音楽を奏でることを日課としているらしい。彼女のことが気になった

香子は、あとをつけてみるのだが――。

誰かの思い出を成仏させる為に、その人が置いていった食器を叩く。変わったおばあ

さんだなぁと思いましたが、彼女自身にも過去に抱えているものがあった。誰にでも、

成仏させたい思い出はありますよね。でも、近所にこういう変人おぼあさんが

いたら、あんまり関わり合いになりたくないと思ってしまうかも^^;香子の彼氏

の言動には辟易しました。何様だっつーの!

 

入道雲が生まれるころ』

母から、亡くなった祖父の親戚筋だという藤江さんが亡くなったという連絡を

もらった萌子は、久しぶりに実家に戻ることにした。リセット症候群という特殊

な症状を抱えている萌子は、ちょうど彼氏と別れて一人になりたいと思っていた時

だったからだ。実家に帰ると、藤江さんが祖父の親戚筋でもなんでもなく、どこの

誰だかわからないことが判明して、家中がパニックになっていた。祖父の愛人だった

のではないかと憶測が飛び、母親たちは半狂乱状態。萌子は、生前の藤江さんと

仲良くしていたという妹の芽衣子に誘われて、一人暮らしの藤江さんの部屋の

荷物整理に行くことに――。

突然それまでの人間関係をリセットして、一人になりたくなるっていう主人公の

萌子。身近にこういう人いたら、戸惑うだろうなぁ。付き合っていたとしたら、

尚更。それまで仲良くしていたと思っていたのに、いきなり別れを切り出されたら

そりゃ、意味がわからなくなるでしょうね。こういう人は、人とかかわり合いに

ならない方がいいんだろうけど。萌子の彼氏に同情したくなりましたね。結局、

藤江さんって何者だったんでしょうね。でも、萌子もこのままリセット症候群が

克服できなければ、将来は藤江さんのような最期を迎えることになるような気が

するな。

 

『くろい穴』

不倫相手で上司の真渕から、栗の渋皮煮を作って欲しいと頼まれた美鈴。美鈴の

渋皮煮は、北九州で一人暮らしをしている父方の祖母直伝だ。美鈴は以前、会社

に栗の渋皮煮を作って持って行ったことがある。それを真渕も家に持って帰って、

奥さんに食べさせたらしい。今回、突然彼の奥さんが、どうしても美鈴の渋皮煮

が食べたいと言って来たのだという。真渕にどうしてもと頼まれた美鈴は、一人

暮らしの部屋で栗の渋皮煮を作ることに。作っている途中で、美鈴は、一つの栗に

くろい穴が空いていることに気づく。おそらく虫食いで、普段だったら排除する

ところなのだが、なぜかその栗は捨てられず、そのまま混ぜて作ってしまう。

そして、美鈴は真渕の奥さんに渡す栗の中にそっと穴あきの渋皮煮を忍ばせる――。

不倫相手の奥さんに向けた黒い小さな悪意。ぞっとしました。ただ、旦那に、会社

の女が作った渋皮煮が食べたいと所望する妻の真意にも、空恐ろしいものを感じ

ました。鈍感で無神経な真渕の態度には、ただ呆れましたね。アホなヤツ。

 

『先を生くひと』

幼馴染の藍生が、最近恋に落ちたらしい。わたしは、それを知って自分の恋心に

気づいた。遅っ。なぜ、藍生が好きなひとはわたしじゃないんだろう。そして、

藍生が好きになったひとって一体誰?藍生の母親に最近の藍生のことを聞くと、

朝早く家を出て、帰りも遅いらしい。わたしは、藍生の好きな人を調べる為、

早朝藍生のあとをつけることに。すると、思いがけない人物に行き当たった――。

主人公の加代のキャラクターがとてもいいですね。猪突猛進、恋に突き進んで

行くバイタリティがすごい。できれば、彼女の恋が成就してほしかったですが・・・。

藍生の見る目のなさにがっかりだけど、彼は彼で素敵な少年なので。将来いつか、

加代と再会したらどうなるかわかりませんしね。でも、何より素敵だったのは、

澪さんのキャラクター。初恋の人と藍生を重ねて頬を染めている姿は可愛らしいし、

失恋して号泣している加代に対しては、これからの人生の指標になるような素晴らしい

言葉をかけてくれるし。澪さんの優しい言葉が、胸に染みました。澪さんのように

年を重ねられたらいいなぁと思えるような、素敵なおばあさんだった。病院に入った

後の澪さんのことはざっくりとしか描かれなかったけれど、敢えて書かなかったの

だろうな。

最後に浮かぶ顔は、初恋の人なのか、元夫なのか、藍生なのか。誰でもいいから、

幸せな顔で逝けていたらいいなと思う。