ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

太田忠司/「奇談蒐集家」/東京創元社刊

太田忠司さんの「奇談蒐集家」。

新聞の『求む奇談!』の募集広告を見て、狭い裏通りにひっそりと存在する「strawberry hill」に
やってきた男女たち。広告主は奇談蒐集家の恵美酒一(えびすはじめ)。そして、傍らには中性的
な美貌の助手、氷坂。二人を前に、彼らは自らが体験した世にも奇妙な体験を語る。その体験が
恵美酒の気に入れば、高額報酬が提供されるという。自分の影に刺された男、古道具屋に現れた
謎の姫君、超能力を持つマジシャン、冬薔薇の館で出会った美しい青年――それぞれが語る奇談は
恵美酒を喜ばせるが、助手・氷坂の手にかかると、それが現実の事件へと変えられてしまう。奇怪
なお店で繰り広げられる幻想奇談集。創元クライムクラブ。


本屋で見かけた時から「これはきっと私好みだ」と目をつけていた作品ですが、その通り。
ほのぼの系作品の多い太田さんですが、「月読」や「黄昏という名の劇場」のような幻想怪奇的
な作風のものもたまに書かれていて、本書もそうした作品に通ずるものがありました。古今東西
の奇談を蒐集する恵美酒の元には、助手の氷坂が審査した奇談を体験した人物が夜毎訪れます。
彼らが語る奇談は私から見ても「これは裏がありそうだ」と思えるものばかりではあるので、
氷坂の謎解きがそれ程瞠目すべきものには思えなかったのですが、幻想と思えた世界が一転して
論理的に解決されることで、奇談の語り手と読者を鮮やかに現実に引き戻してしまう構成がいい。
氷坂が語る『本当に不思議な話なんて、そう簡単に出会えるものじゃない』という言葉でしめ
くくられてしまう物語。語り手は氷坂の手にかかって、初めて自分の摩訶不思議な体験のからくり
を知り愕然とするのです。それを知ったことでほとんどの語り手は自分が信じていた世界が壊れ、
一番愚かで恐ろしいのが人間であることをつきつけられる。結末は苦いものが多いです。彼らは、
苦い現実に目をつぶって生きていたからこそ、それに気付けなかった。氷坂は人間の甘さを
糾弾し、その奇談を盲目的に信じてしまう恵美酒のことも嘲笑しているように思えました。
やはり圧倒的に氷坂のキャラが謎めいていて不気味でしたね。

一つ一つの作品の謎解きは感心するという所まではいかないので、ミステリとしてお薦め
できるかというと微妙なのですが、ラストの一篇で太田さんが意図していたことが明らかに
なります。それまでの話の大部分がこの一編の伏線になっています。先にあげた『本当に不思議な
話なんて、そう簡単に出会えるものじゃない』という言葉がここで非常にきいてきます。
これはやられましたね~。現実と幻想がひっくり返されるこのラストは秀逸。太田さんらしい
小技がきいていて唸らされました。

装丁もゴシックでノスタルジックな作風にマッチしていて良かったです。
なんともいえない幻想的な世界に浸れる一冊でした。