ミステリ読書録

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薬丸岳「告解」(講談社)

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薬丸さん最新刊。ひき逃げ事件を起こしてしまった大学生が、その罪を抱えて

どう生きていくのかを描いた長編作品。

事の発端は、大学生の籬翔太が、友人との飲み会を終えて帰宅した後で、彼女

からのメールがきっかけで車を運転し、ひき逃げ事故を起こしたことから始まる。

何かを轢く直前に『ギャー』という叫び声を聞いていたにも関わらず翔太は、

車を止めることなくそのまま運転し続けた。翌日、ニュースで自分が轢いたのが

81歳の老女であると知り、愕然とする。そして警察が家にやってきて、翔太は

ひき逃げ犯として出頭することに。裁判で証言台に立った翔太は、轢いたのが

人だとは思わなかったことと、信号は青だったと供述した。しかし、事実は――。

罪と向き合うことから逃げる翔太に待ち受けていたのは、懲役四年を超える

実刑判決だった――。

贖罪をテーマにした作品。薬丸さんの作品ではお馴染みと言っても良いでしょうか。

交通事故という、故意ではない犯罪とはいえ、人を死なせてしまった青年がどう

その後を生きて行くのか。基本的には悪い子ではないとはいえ、事故の証言の際

保身に走るような証言をしたり、自暴自棄になって詐欺集団の仲間入りしそうに

なったりと、ところどころで人間性を疑うような言動が鼻につきました。とはいえ、

事故の保身は恋人や家族の為というのも大きかったし、詐欺集団の仲間に入りそう

になったのも、それまでの荒んだ生活の果てに仕方なく、という感じではあったの

ですけれど。

ただ、今回の犯罪は、運転する人なら誰もがその立場になる可能性があるという

意味では、すごくリアルでした。ひき逃げ事件のニュースを目にすると、いつも

ものすごい憤りを感じるのだけど、もし自分がその立場になったら、絶対に翔太の

ような保身に走る言動をしないと断言できるかというと、自信はないかもしれない。

周りに見ている人がいなければ、動揺してとっさに逃げてしまう心理もわからなくも

ないというか・・・。もちろんそんなことは絶対ダメってわかっているし、人として

やりたくはないけれど。人間弱いところがあるものだから。翔太のように何の苦労

もなくトントン拍子に人生を歩んで来た人間が、たった一瞬の気の緩みで人生を

ダメにしてしまう怖さをひしひしと感じる作品でした。

翔太の事故の原因を作った綾香に関しても、雨が降る真夜中に今すぐ会いに来てと

メールを送って翔太のことを試すようなことをして、最初は全くいい印象があり

ませんでした。ただ、そうしたメールを送って試すようなことをしたのには、

綾香なりの理由があったことを後から知って、大分印象が変わったのですが。酷い

ひき逃げ事件を起こした翔太のことを、服役後も見捨てずに世話をやいてあげるところ

も偉いと思いましたし。家族からも見放された翔太にとって、綾香がいることが

せめてもの救いだったのでしょうね。綾香自身も自分のメールがきっかけで事故

が起きたという負い目があるとはいえ、知らないで済ませることも、翔太と会わず

に生きて行くことも出来た筈なのにね。

被害者の夫、法輪氏のやりたいことが最後まで読めなくて、ハラハラさせられました。

認知症があれだけ進行していて、最後の最後だけなぜか理路整然と自分のことを

語り出したところにはちょっと違和感覚えましたけど。まぁ、最後の最後で

正気を取り戻して、一番伝えたい人に一番伝えたいことを伝えたということ

なんでしょうけど。自らが罪を犯していたからこそ、自分の命を削ってでも大事な

ことを伝えようとする姿に心を打たれました。天国で、家族と幸せに暮らして

欲しいな。

翔太は途中道を間違えたりもしたけど、きちんと自分の罪と向き合って生きて行く

決意をしたのだから、このまま真っ当な道に進んで生きて行って欲しいです。

服役をしたからって、犯した罪は一生消えない。けれども、その罪を抱えて前向きに

生きて行くことは出来る筈です。

今回も胸にずしんと来るテーマでした。ひき逃げ事件は日常的に起きている事件

だから、どのひき逃げ事件の裏でも、大なり小なりこういう人間ドラマが繰り広げ

られているのだろうな、と思わされました。中にはひき逃げをしたからって全く

罪の意識も覚えず、再び同じような事件を犯す奴もいるとは思いますが・・・。

翔太のように、被害者の遺族からあんな風に声をかけてもらえる例はほとんどないと

思います。

そういう意味では、少しリアリティに欠けるところもあるのかもしれませんが、

きちんと反省して贖罪の気持ちでいる若者にとっては、救いになる結末だったと

思います。

 

薬丸さんの作品はいつも考えさせられますね。今回も読み応えありました。