ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

劇団ひとり「浅草ルンタッタ」(幻冬舎)

久しぶりの劇団ひとりさんの新作。明治から大正期の浅草が舞台。当時流行した、

浅草オペラをテーマに、時代を必死で生きる人々の悲喜こもごもを描いた

意欲作です。

浅草で当時オペラが流行っていたとは。劇場で芝居を観るってイメージはすごく

あるのだけれど。オペラのような、歌を主体とした舞台には、当時の人もびっくり

したでしょうね。ミュージカルが流行るのはまたそのずっと後なのでしょうね。

非合法の売春宿『燕屋』の前に赤ん坊が捨てられていた。遊女の千代は、かつて

流産した自分の子を思い、周囲の反対を押し切って、燕屋でこの赤ん坊を育てる

ことに。雪と名付けられたその子供は、燕屋のみんなに受け入れられ、可愛がられて

すくすくと成長した。遊女たちの世話役を務める信夫もそれは同じだった。お雪が

九歳になると、信夫とお雪の楽しみは芝居小屋に通うことになった。しかしお金が

なくなると、二人は芝居小屋の屋根裏に上がって、こっそり天井からタダで芝居を

観るのだった。そんな幸せな日々が、突然、ある男によって壊されることに――。

明治大正期の市井の人々の生活が鮮やかに描かれ、苦しい生活の中でも娯楽を

見つけて朗らかに生きる人たちが生き生きと伝わって来ます。改めて、劇団

ひとりさんは芸人を超えた文筆力のある方だなぁと思わされました。250ページ

にも満たない短いお話の中に、きちんとエンタメとして必要な起承転結と喜怒哀楽

が無理のない描写で盛り込まれている。登場人物もそれぞれに個性があって、

明らかな悪役はともかく、それ以外の人物はみんな憎めないキャラばかり。

主人公の雪、世話役の信夫、雪の育ての親の千代、千代の遊女仲間の鈴江と福子

等は、みんな好きなキャラでした。特に、鈴江のかっこよさにはシビレましたね。

信夫と雪の関係も好きですし、千代と雪の母娘の関係も素敵でした。

タイトルから、もっと朗らかな楽しい内容かと思っていたのですが、そればかり

ではない、当時の闇の部分もたくさん描かれていました。もちろん、明るく

楽しい場面もありますが、それ以上に主人公の雪にとっても燕屋の他の仲間たち

にとっても辛い場面が多かったです。非合法の売春宿での暮らしは、想像以上に

締め付けが苦しかったこともわかります。警察の横暴な態度にも辟易しましたし。

大正に入ると、当然ながら、あの出来事も暗い影を落としますし。次から次へと、

どうしてこうも試練が降りかかるのだろう、とやりきれない気持ちになりました。

ラストは、ただただ切なかった。でも、最後に千代は雪の美しい歌声が聴けて

幸せだったと思う。母娘二人、もっともっと幸せに暮らして欲しかった。

全体的に、さほど目新しい物語という訳ではないと思う。展開もなんとなく予想

通りに進んで行く感じだし。明治大正時代をベタに描いた作品とも云えるかも。

でも、ちょっとした場面、会話、登場人物のしぐさに、劇団ひとりの描写力が

光っていると思う。映画一本観た後って感じの充足感がありました。これも

前二作同様、映画化されそうですねぇ。大正・昭和のレトロな雰囲気が今ブーム

になっているようなので、若い子にも受けそうだしね。実写なら、登場人物たちが

リズミカルに歌ったり、楽器を打ち鳴らす『ルンタッタ~♪』のリズムが頭に

残りそうです。

期待を裏切らない良作だったと思います。恐るべし、劇団ひとり