ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

櫻田智也「蟬かえる」(創元推理文庫)

昆虫マニアの魞沢泉が活躍する連作ミステリー第二弾。前作がなかなか良かったのと、

二作目は前作以上に良作との情報を得ていたので、読むのを楽しみにしていました。

文庫化されたばかりで予約がいなかったので、すぐ回って来てよかったです。

いやー、これは良かったですね。ほんと、前作以上の良作揃いだと思いました。

ミステリ的な質も向上しているのですが、それ以上に、あとがきの法月(綸太郎)

さんもおっしゃっているように、昆虫マニアで探偵役の魞沢のキャラが立っていて、

物語に深みが増したように思います。前作では昆虫好きの変人で、飄々とした

無機質なタイプって印象でしたが、本書に出て来る魞沢は、その飄々としたキャラ

は見た目だけのことで、実はとても情に脆く、他人に優しい性格であることが

伝わってきました。そうした魞沢というキャラクターへの肉付けによって、

ひとつひとつの事件の抒情性がはるかに上がり、余韻の残る作品になっている

ように感じました。

昆虫蘊蓄もうるさいほどではないですし、作品に必要不可欠な要素であるため、昆虫

嫌いの私でもさほど抵抗なく読めましたしね。ミステリ要素に上手く昆虫の性質を当て

はめていて、無理がない。まぁ、映像だったらどうかわからないですけど・・・^^;

作者のレベルが一段階上がった感じがしましたね。本書を読んで、魞沢という

キャラクターがより好きになりました。

 

では、各作品の感想を。

※一部ネタバレ気味感想あります。未読の方はご注意を。

 

『蟬かえる』

蟬を食べるって、クワコ―シリーズ(by奥泉光さん)でクワコ―もやってたなぁ

と思い出しました。香ばしくて美味しいとか言ってたような・・・(おえ)。

16年前に失踪した少女が再び出現した真相は、盲点をついた、とても上手いトリック

だと思いましたね。昆虫食の専門家の鶴宮さんはキャラが立っていて好感持てた

だけに、彼女の正体には驚かされました。昆虫つながりで、またで登場することが

あるといいのだけれど・・・。

 

『コマチグモ』

コマチグモの生態にはゾッとしました。自らを食料として差し出すことで、我が子

を育てる・・・究極の子育てですね・・・。ネグレクトする人間たちにも見習って

欲しいと思ってしまいます。自分が与えた情報が犯罪の引き金になってしまったかも

しれないと悔やむ魞沢の後悔が伝わって来て、やりきれない気持ちになりました。

 

『彼方の甲虫』

ペンションオーナーの丸江ちゃんは、前作でも登場したようですが、読んだの

そんなに前じゃないのにもう忘れてた(こら)。明るい丸江ちゃんと魞沢は

いいコンビですね。魞沢のことを『友人』だと言ってくれたアサル。そのことが、

事件を通して、魞沢の心に深い影を落とすことになったことが悲しかった(その後

の話に言及があるので)。友達のいない魞沢にとって、その言葉は何よりも

嬉しかったんだろうな、と思えて。犯人の身勝手な動機には腹が立って仕方

なかったです。

 

『ホタル計画』

作者のミスリードに引っかかることなく、バッタ君の正体には早い段階で気づいて

しまいました。まぁ、ほとんどの人が気づくと思いますが。時代設定とかの

ヒントもちょいちょい出て来てましたしね。遺伝子組み換えで発光する魚、少し前に

中国かどっかの記事で実際読んだことがあったので、すごくリアルだなぁと思い

ました。世界では倫理に反するこういう研究がいたるところで行われているの

だろうなぁ・・・。魞沢という人間がどのように形成されてきたのか、その片鱗が

少し伺える作品でした。オダマンナ斉藤さんとの関係が良かったです。いまでも

交流はあるのかなぁ。

 

サブサハラの蠅』

こんなものが簡単に検疫を通って日本国内に持ち込まれてしまうなんて・・・

いくら、法に引っかからないからといって。現実にこんなことがまかり通った

としたらと考えるとぞっとします。まぁ、コロナだって海外から持ち込まれた

ものな訳だし、鎖国でもしない限り、常にこういう危険は排除できないとわかって

はいるのですけども。魞沢が計画を止めてくれてよかったです。アサルについて

話す魞沢が切なかった。たった一日の友達。それでも、魞沢にとってはかげがえ

のない人だったんだろうなと思えました。でも、その後悔があるから、今回は

大事な人を失わないで済んだ。魞沢がこれ以上傷つかないで良かったです。