ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

佐藤多佳子/「しゃべれども しゃべれども」/新潮社刊

佐藤多佳子さんの「しゃべれども しゃべれども」。

俺は今昔亭三つ葉。職業噺家。師匠・今昔亭小三文に弟子入りして八年、今は二ツ目
という身分。前座よりちょいと偉い位。短期な俺はカッとなると見境がなく、しょっ中
カッカときている。いつ何時師匠を殴らないかと不安だ。そんな俺が何の因果か吃語症の
従弟や、口下手な美女の為に話し方教室を開くことになった。そこに大阪弁でいじめに
遭っている小学生や、赤面症の元プロ野球選手が加わって、話し方教室はいつしか落語
教室に様変わりし――。


いや~、面白かった。文句のつけようがない。落語なんか知らなくても十二分に楽し
めるし、知っている人はにやりとする場面もあるし、笑いもあれば感動もある。友情も
あれば、恋愛もある。でも詰め込みすぎというのが全くなく、とてもスムーズに
物語が進行して行って、すとん、と収まる所に収まる。いや、本当に良く出来ていました。
読んでいる人の心をくすぐる表現が次々飛び出して、じわじわじわじわ感動させて
くれるとこがいい。出てくるキャラクターがまたそれぞれに良いです。みんなどこか歪んだ所を
持っている問題児だけれど、落語を通してそれぞれの良い所が少しづつ引き出されて
行って、それぞれにとても懐の暖かい人物だというのがわかってくる。この辺りの
書き方が絶妙です。特に私は小学生の村林のキャラが好きですね~。いじめに遭っている
とは思えない毅然とした態度もすごいと思うし、苛めてる宮田に対する態度はもっと
立派。本人はいじめじゃなくて喧嘩だとつっぱねるけど、やはり状況を鑑みるとどう見ても
いじめ。でも、原因が大阪弁にあることがわかってるし、標準語も普通にしゃべれるのに、
敢えて大阪弁をしゃべり通すその一本気な所がいいです。そしてラストの落語発表会のシーン
での宮田への言葉。もう、彼の頑張りにやられてしまいました。
あの後、彼と宮田がどうなるのか、そちらもとても気になるなぁ。宮田はどう考えても
村林のことが気になって気になって仕方なくていじめてた感じですからねぇ。案外ちょっと
したきっかけで大親友になったりするのかも。

三つ葉と十河さんのエピソードも良かったですね。いじっぱりな二人が読んでて歯がゆかった
所もありますが、こういうベタなのがまたいい。特にほおずきの場面は・・・やられました。
三つ葉かっこよすぎだー。こんなことやられたら、女性は泣いちゃいますよ、きっと。
唯一ちょっと残念だったのは三つ葉の従弟の良君のキャラがいまひとつ生かされなかった
ことでしょうか。もともとは彼の吃音から始まった話し方教室だったのに、結局彼に
スポットを当てたエピソードがほとんど出て来なかったので。かっこ良くて性格も良いのに、
何故か三つ葉の方がずっと‘いい男’に思えました。

何気ない会話の中に、とてもじわりと心に沁みこんで来る優しさがあります。こういう
清清しい小説は、読後感が良くて大好きです。いや、ほんと文章が良かったです。
ここ数年落語を題材としたミステリに注目して来た私ですが、こういうミステリ以外でも
落語を扱った作品ってやっぱり面白いですね。そして、もちろん読んだ後には寄席に行って
みたくなりました。
本書、もうすぐ国分太一君主演で映画化されるそうなので、どうしても読んでる最中三つ葉
太一君の顔に重なって仕方なかったです。私としてはそんなにイメージにはずれた感じが
なかったですね。映画も観てみたい。これは本当に実写向きの作品という感じがするし。

これはますます「一瞬の風になれ!」を読むのが楽しみになってきました。
佐藤さん、俄然他のも読んでみたくなりましたよ!