ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

梨木香歩/「f植物園の巣穴」/朝日新聞出版刊

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梨木香歩さんの「f植物園の巣穴」。

f植物園で園丁をしている私は、突然の歯痛に苦しみ、古びた佇まいのf郷歯科で治療にかかる
ことに。しかし、奇妙な歯科医院で怪しげな治療を受けてから、何かがおかしい。そして、ある日
私は植物園の椋の巨木のうろに落ちて、不思議な世界へと足を踏み入れてしまう。夢か現か区別が
つかない世界で、私は私の‘千代’を捜し始めた――妖しく美しい幻想異界譚。


あらすじとタイトルから『家守綺譚』に似た雰囲気を感じたので手にとってみました。実際、
かなり作風は近いものがありました。主人公が冒頭から歯痛で歯医者にかかるところから始まる
のでちょっと面喰いましたが、そこからは圧巻の梨木ワールド。夢と現、現在と過去が錯綜して、
主人公同様、自分も不可思議な巣穴の中で迷子になってしまうかのような酩酊感に捉われる作品
でした。『家守綺譚』のように、突然現れる不可思議な怪異が、自然と溶け込んでいて、ちっとも
不自然に感じない。たとえ歯科医院の奥さんが突如犬に変化していても、カエルのような小僧が
話しかけて来ても、それがごく普通に受け入れられてしまう世界。夢の中のような、ふわふわと
地に足がつかないようなおぼつかなさの中、不思議な怪異と間歇的に現れる過去に戸惑う主人公が
この先どうなってしまうのか、不安と期待に捉われつつ読み進めて行きました。
終盤の展開はまさかのミステリ仕立て。梨木さんの作品にミステリ要素が入っているとは・・・!
でも、主人公が捜していた二人の『千代』の真相には大いに驚かされたし、全く予測できなかった。
これはまさにミステリ以外のなにものでもないと思う。特にねえやの『千代』がなぜいなくなった
のか、その真相には目を瞠りました。幼い主人公が見てしまったもの。なぜその記憶がなくなって
しまったのか、その理由。すべてが腑に落ちました。
そして、さらに読ませてくれたのは主人公と『坊』との出会いと冒険と、別れ。そして、その正体。
驚きと、悲しさと、嬉しさと、せつなさと。じんわり、心に沁みる温かさがありました。ラストは
長い夢から覚めて、突如現実に引き戻されたかのような寂しさはあったけど、その先に明るい光が
感じられて読後感も良かったです。

それにしてもひとつひとつの文章が宝石のようにきれいで、読んでいてため息が出て来る。植物園
の植物や主人公が実現させようと頑張っている水生植物園(隠り江)の水や水草や生物の描写など、
読んでるだけで情景の美しさが浮かんで来るようでした。気を抜いて読んでると、大切な表現
や文章をあっさり読み流してしまうので勿体ない。つい気を抜いちゃうんだけど^^;
そうかと思えば、歯科医院での主人公と歯医者との会話なんかにはユーモアが感じられて楽しい。
奥さん犬に変身しちゃうし(笑)。でも、治療風景はかなり読んでて怖かったです・・・怪しすぎる^^;
古いセメントはダメだよ~^^;傍から見てる分には面白いけど(笑)、こんな歯医者で治療は
絶対受けたくないって思いました^^;

いやぁ、良かったです。美しくも妖しい幻想的な梨木ワールド。堪能致しました。『家守綺譚』が
好きな方ならきっと楽しめるのではないかな。もう一回読みたいなぁ。短いページ数だけど、
ぐぐっと世界観が凝縮されていて、密度の濃い作品でした。装丁も素敵だね。