ミステリ読書録

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深水黎一郎/「花窗玻璃 シャガールの黙示」/講談社ノベルス刊

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深水黎一郎さんの「花窗玻璃 シャガールの黙示」。

フランス・ランス大聖堂の塔から男が転落死した。仕事明けてたまたまその場に居合わせた
ランス警察のマルタン刑事は、男が落下した直後に塔に登り、現場を慥かめたが、途中誰とも
行き合わず、現場は誰も出入りできない密室状態だった。警察は結局男の死を自殺と見做したが、
半年後、再びランス大聖堂で浮浪者が不審死を遂げた。二人の死に共通するのは、どちらも死の
直前、大聖堂の要とされるシャガールの花窗玻璃(ステンドグラス)を眺めていたことだ。その
ことから、シャガールの花窗玻璃のある小礼拝堂は呪われて入るのではないかという噂が流れ
ていた。当時、ランスに留学していた19歳の神泉寺瞬一郎は、毎日スケッチの為大聖堂を
訪れていた際に噂を耳にし、好奇心から噂の調査に乗り出した――シリーズ第三弾。


意図した訳ではないのですが、奇しくも美術(芸術)ミステリ二連チャンとなりました。
思った通りあっという間に回って来た深水さんの芸術シリーズ第三弾。今回は前二作とはまた
趣向を変えて、作品のほぼ9割程が瞬一郎によって書かれた作中作の体裁になっています。
この作中作がかなりのクセモノでして、瞬一郎の(=作者の、と言い換えても良いでしょう)
『美しい日本語』への拘りが随所に感じられる文章であるが故に、読む人によってはかなり
読みづらさを感じるのではないかというシロモノになっています。ただ、私自身はどうだった
かというと、思った程にはストレスを感じずにすんなり読めてしまったのですよね。むしろ、
その拘りを持たずに書かれていた方がよっぽど私にとってはストレスで海野同様、作者(=瞬一郎)
に殺意を覚えたのではないかと思います。一体、こんな風に書くと、どんな文章なんだ!?と
思われるでしょうが、その拘りとは、フランスが舞台なのに一切のカタカナを排除してすべての
文章が綴られている、という点なのです。は~?と思われるでしょうが、おそるべしは作者の
執念とも申しますが、本当にカタカタは一つも出て来ませんでした。地名や人名はどうするの!?
と疑問に思われるでしょうが、例えばこの作品のタイトルに出て来る花窗玻璃(はなまどはり)
とは、ステンドグラスのことだし、この作品の舞台であるランスだったら理姆斯、フランスは
もちろん仏蘭西、登場人物のカトリーヌなら凱瑟琳、という風に、当て字でも何でも、すべての
カタカナ用語に漢字を当てはめて使用しているのです。まぁ、なんともしち面倒臭いことを
してくれたものです。でも、それぞれの漢字にはカタカナでルビが振ってあるので、この漢字は
一体何を表すのだ!?というストレスはありません。むしろ、漢字から想起される対象物の
イメージがより華美で美しいものに変化したかのような、日本語の美しさを堪能できる美文に
なっている、と、私は思いました・・・が、普通の人はやっぱり読みにくさに辟易するのかも
しれません^^;先述したように、そのままカタカナ表記だった方が私には100倍くらい
読みにくかったと思います(カタカナ苦手^^;)。
まぁ、さすがに塑料罩布(ビニールシート)とか、白索微尼翁(ソーヴィニオン・ブラン)とか
まで行くと、うっとうしいわ!とも思いましたけど^^;
なぜこんな面倒なことをやったのか、という理由については、本文中に瞬一郎が海野警部を
相手に滔々と述べているので割愛しまして、簡単に云うと、昔ながらの美しい日本語への
愛ということに尽きるのでしょう。それにプラスして、それを読むべき対象者(=読者)に
ある心理的、身体的仕掛けをかける為でもあり、その辺りの瞬一郎の意図して作品に施した奸計
には驚くべきものがありました。

文章自体の仕掛けにも感心させられたのですが、ミステリとしてもかなり出来が良かったと
思います。ランス大聖堂のシャガールのステンドグラスにまつわる二人の死の真相、どちらも
全く推理できなかったです。特に塔の上から落下した男の死の真相には驚かされました。
瞬一郎の謎解きを読むと、非常に細かく伏線が張られていたことがわかります。私が一番
感心したのは、事件を目撃した男が『天使を見た』と言った理由ですね。あそこで出てきた
伏線がこう繋がるのか~!と驚きました。どちらかというと、浮浪者の死の真相の方が地味
かな。伏線の貼り方は素晴らしいのですが。動機があまりにも自分勝手なので腹が立ちました。
でも、それよりもはっとさせられたのは、作品の中で重要な意味を持つ、グイド・レーニ
ベアトリーチェ・チェンチの肖像』の絵の背景にある物語の方だったかもしれません。本文中
にも絵が紹介されているのですが、この穏やかな微笑みを浮かべた美少女の身に起きる直後の
出来事に慄然としました。ただ、ネットでこの絵に関する情報を調べていたら、一般に知られて
いる彼女の身の上話に関しては後付けだろうと思われると述べている方がいらっしゃったので、
本当の真実はどうなのかはわかりませんが・・・。ただ、この絵の背景にあるものを知った上で、
よく比較対象とされるフェルメール真珠の耳飾りの少女の絵と比べて見ると、作中で
ある人物が述べているように、レーニの絵の方がより強い力を持った絵だというのが頷けるような
気がしました。






いつか、生でこの絵を観てみたいものです。もちろん、まずはランスの大聖堂のシャガール
ステンドグラスを観てから、ですけれど。ちなみに、ランスのステンドグラスと並び称される
シャルトル大聖堂のステンドグラスは見たことがあります。言葉を失うくらい、素晴らしかった
です。フランスの教会に行けば、大抵どこでもそれなりに素晴らしいステンドグラスに出会えます
けれどね。作中にも出てくる、サン=ドニ教会のステンドグラスも素晴らしかったなぁ。


ランス大聖堂 シャガールの窓
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瞬一郎と海野警部補の軽妙な会話も楽しかったです。ただ、幸か不幸か、今回はあのどこででも
寝る警部が出て来なかったのですが・・・作中に変な邪魔が入らなくて良かったのかも(苦笑)。