ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

深水黎一郎/「ジークフリートの剣」/講談社刊

イメージ 1

深水黎一郎さんの「ジークフリートの剣」。

「あなたは、幸せの絶頂で命を落とす」世界的テノールである藤枝和行が念願のジークフリート役を
射止めた矢先、婚約者・有希子は老婆の予言どおりに列車事故で命を落とす。ジークフリート同様に
“恐れを知らず”生きてきた和行だが、愛する人を喪った悲しみのあまり、遺骨を抱いて歌うことを
決意した。そして和行の前に現れた美女―。今年度「本格ミステリ大賞」候補作家の渾身作(あら
すじ抜粋)。


深水さんの最新作。また芸術ものみたいだけど、登場人物が違ってるし、講談社ノベルスのあの
芸術シリーズとは別なのかな?とよくわからないままに読み始めました。確かに主人公は別人
で海埜さんもあのどこででも寝る警部(^^;)も出てこないので、正規のシリーズではないの
かもしれませんが、謎解き役にはしっかり瞬一郎が登場。相変わらずワールドワイドに風来坊生活
をしているようで。この作品の時系列が他の作品とどうなっているのかはよくわかりませんが
(もしかして、一作目で日本に帰って来る前の時の出来事とかだったのかも??)。
今回は二作目のトスカの接吻と同じでオペラが題材。今回の演目は、ワーグナー作曲の
ニーベルングの指環。ドイツで開催される音楽祭の新演出上演(プルミエ)で、この
演目の主役であるジークフリート役に選ばれた日本人の若きテノール藤枝和行が主人公。ドイツで
名実共に栄光を手に入れたも同然の藤枝は、プライベートでも婚約者の有希子と結婚が決まり、
公私共に充実した日々を送っています。けれども、そんな中突然、婚約者の有希子が列車事故
巻き込まれ命を落としてしまいます。そして、和行は日本で行われた有希子の葬儀の場で、
音楽祭の舞台に有希子と一緒に立ちたいとの思いを告げ、両親から彼女の骨の一部を譲り受けます。
その骨が最後にとても重要な役割を果たすことになるのですが・・・。
正直、終盤を迎えるまで、一体どこがミステリなんだ?と首を傾げたくなるくらい、殺人事件も
出てこないし、謎すら出てきません。そこまでは延々とひたすらオペラの薀蓄やら和行のだらしない
女性遍歴やら生活描写やらが続いて、イライラムカムカしっぱなし。主人公の性格がその都度
ブレて、行動に矛盾ばかりなので、全く好感が持てなかったです。婚約者が死んだのに、すぐに
他の女性楽団員と寝たり、宿泊しているホテルの食堂のウェイトレスに色目を使ったり、パーティ
で出会った女医に一目惚れして口説こうとしたり。有希子が死んだ直後は、彼女の存在が自分に
とってどれだけ大事だったかに気づいて愕然としたりしていたのに、その変わりようは何なんだ、
とツッコミたくなりました。名声も実力も手に入れた自信家というのは、こうも身勝手なものか、
とほとほと和行の行動には辟易させられました。
その合間に馴染みのないオペラの薀蓄が延々と挟まったりもするので、少々読むのがしんどい所も
ありました。ただ、深水さんの芸術薀蓄って、割合すんなり頭に浸透してきて、不思議とさらっと
読めちゃったりするのですよね。速攻で忘れて行くんですけどもね^^;

で、まぁ、そんな感じで、とにかく終盤まではミステリ要素が全くない状態が続く訳なのですが、
ここで満を持して登場してきた瞬一郎によって、作品が一気にミステリに変貌するんです。この
ミステリへの転換の鮮やかさはお見事。そんなところで殺人事件が起きていたのか!と愕然と
させられました。まぁ、確かに殺人事件があるとしたら、その人物のこと以外には考えられない
のですが。
しかし、よくもまぁ、そんなことに気づくものです。瞬一郎の慧眼には驚かされっぱなしでした。
でも、一つ一つの推理にきちんと整合性があるので、十分納得出来ました。伏線もきちんと
張られていますしね。

そして、冒頭の有希子に告げられた予言と、和行が譲り受けた有希子の骨が、ラストシーンを
見事に演出しているところも秀逸。オペラのクライマックスとも相まって、劇的なラストになって
いると思います。
でも、あの預言者の老婆って一体何者だったんですかねぇ。

欲を云えば、もう少しミステリ部分の比重を多くして欲しかったかなー・・・。ただ、この比重
だからこそ、ミステリ部分が際立っているとも云えるし・・・でも、前フリが長すぎて、ちょっと
途中飽きてしまったところがあったのも事実なんですよね^^;和行にはムカついたし。瞬一郎の
登場シーンが唯一の清涼剤でありました。
でも、作品としては面白かったし、ミステリとしての出来には満足です。このシリーズはやっぱり
良いですね。でも、次はまた海埜さんやおーべしみ(相変わらず漢字が出せません)警部を登場
させた正規のシリーズが読みたいかな。