ミステリ読書録

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門井慶喜/「天才までの距離」/文藝春秋刊

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門井慶喜さんの「天才までの距離」。

京都の大学に助教授の職を得て東京から引っ越した美術研究者・佐々木の耳に、旧友の天才美術
コンサルタント・神永美有の悪評が入ってきた。まるで金の亡者になったかのように悪辣(あくらつ)
な取引をしているという。心配する佐々木は、やがて岡倉天心筆と称される絵の売買で神永と再会、
神永は高額で買い取るというが、天心には生涯絵筆を取った形跡が無いのだが……。表題作など
切れ味鋭い美術ミステリー5篇。前作『天才たちの値段』でミステリーシーンに新風を吹き込んだ
著者が、満を持しておくるシリーズ第2弾(あらすじ抜粋)。


あらすじ抜粋ですみません。門井さんの美術ミステリー第二弾です。そう、美術ミステリーという
ことで、この作品を読んでいる最中、ふと「そういえば北森さんの新刊最近出ていないよなぁ」と
思ったのです。きっと、何かの虫の知らせだったのかもしれません。美術や骨董ミステリーの
面白さを初めて私に教えてくれたのが北森作品でした。昨日の夜、ネットで訃報を知った後は
ただただ呆然として、涙が止まりませんでした。門井さんの記事についでみたいに書くのは
気がひけるし、追悼記事を書こうかとも思ったのだけれど、あまりにも思い入れが強すぎて
感傷的になりすぎの記事になってしまうと思うから、やめました。とにかく、ただただ、
残念です。陶子さんにも、那智先生にも、雅蘭堂の越名さんにも、テッキとキュータにも、
工藤さんにも、佐月にも、大悲閣の彼らにも、もう会えないんですね・・・。作家の訃報は
これまでだって何度も耳にしてショックを受けては来ていたけれど、これほど打ちのめされた
気持ちになったのは初めてです。それ位、私の読書人生に北森さんはいて当たり前の存在だった。
これからだって、ずっと新刊が読めると思っていたのに。著作はすべて読んでしまったから、
連載中だった作品がまとまって本にでもならない限り、未読はもう一冊もないのですね・・・。
以前にもどこかで書いたことがあるのですが、このブログを始めて、一番最初に書いた記事も
北森さんの記事だったんです。3~4行の記事っていうよりも覚書きみたいな情けないものでは
あったけれど。それでも、記事第一号はやっぱり大好きな作家の作品にしようと思って書いていた
覚えがあります。
もっともっと、いろんな作品が読みたかった。シリーズの続きも書いて欲しかった。
本当に悲しいです。でも、今はただ、ご冥福をお祈りするしかありません。48歳だなんて。
あまりも若すぎます・・・。心不全と聞きましたが。ご本人も無念だったでしょうね・・・。
素晴らしい作品をたくさん遺して下さったこと、感謝の気持ちでいっぱいです。
どうか、どうか、安らかに。


と、やっぱり感傷的な記事になってしまった。門井さんの記事なのに前置きが長くて
ごめんなさい。でも、今の気持ちを整理して書いておかないと、読書記事なんか書けそうに
なかったので・・・。しばらくはうじうじと引きずってしまいそうですが・・・。

で、本書ですね。美術の真贋を見分ける天才の『舌』を持つ美術コンサルタントの神永が活躍
する美術ミステリーです。北森さん亡き後、今後の美術ミステリー界を引っ張って行って
欲しいな、と思うのが門井さんのこのシリーズ。本物の芸術作品に出会うと神永の舌は『甘み』
を感じて、偽物だと『苦み』を感じる、という設定がなかなか効いています。第二弾もなかなか
面白かったです。前作のラストで、語り手である大学准教授の佐々木が、神永との決別を選んだ
ことが残念で、続編は出ないのかな、と思っていたのでまた二人の活躍が読めて嬉しかった。
佐々木の神永との決別という決断に腑に落ちないものを感じていたのですが、本書でその理由が
明かされていて、なるほど、そういう理由だったのか、と思いました。あまりにも優秀すぎる
神永への依存を恐れて距離を取った佐々木の気持ちは斟酌できるものです。大学准教授という、
他人に物を教える立場にいるなら尚更、自分で判断できなくなるような状況になるのは危険
でしょう。でも、結局二人は佐々木曰く『遠距離敬愛』という立場を取ることで、再び付き合い
が始まることになるのですが。意外だったのは、神永の方も佐々木に対する執着が大きかった
ことですね。なんか、読んでいて「え、え、そっち方面?」って思わず思っちゃいそうに
なりました・・・(深読みしすぎ^^;)。

今回の題材は芸術というよりは書画骨董ものが多く、それこそ北森さんの骨董ミステリに
通じるものがあるような作品が多かったように思います。どれもなかなか程よくまとまって
いて、面白かったです。佐々木の元教え子であるイヴォンヌこと高野さくら(なんでイヴォンヌ
なんてあだ名なのかは前作で出てきたと思うけど忘れてしまった^^;)がそれなりに活躍
します。奇抜なファッションで奇橋なふるまいの彼女ですが、自分の主義主張の為に必死で
勉強することもあるようです。まぁ、結局最終的には神永の掌の上で転がされた感じでしたが。

ラスト一作の佐々木の○にはビックリ。そういう展開になるとは・・・。佐々木さんも学術
バカなだけじゃなかったってことですかね。でも、相手の情報が少なすぎて、応援しようとか
そういう気になれなかったのが何とも・・・。こういう要素を入れるなら、もうちょっと途中に
盛り上がるような記述が欲しい気もするのですが。

相変わらず、無駄に難解な用語が頻出するのは問題がある気がしますが、文章自体は一作ごとに
読みやすくなっているように感じるし、美術ミステリの面白さは十分味わえるシリーズなので、
更なる続編を期待したいと思います。