ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

乾ルカ/「あの日にかえりたい」/実業之日本社刊

イメージ 1

乾ルカさんの「あの日にかえりたい」。

施設で会った80歳の老人は、介護士の卵でボランティアにきた「わたし」だけには心を開いてくれた。
彼の嘘のような失敗続きの半生記にただ聞き入る日々。あるとき老人が呟いたひとこと「あの日に
かえりたい」の真意とは……!? 戦慄と感動の表題作ほか、いじめられっ子の家出少年と動物園の
飼育員のひと夏の交流「真夜中の動物園」、地震に遭った少年が翌日体験した夢のような一日
「翔る少年」、高校時代の仲間と15年ぶりの思わぬ再会を描く「へび玉」。落ち目のプロスキーヤー
が人生最期の瞬間に見た幻「did not finish」、ハクモクレンの花の下で出会った老女の謎「夜、
あるく」。北海道を舞台に、時の残酷さと優しさ、そして、時空を超えた小さな奇跡と一滴の
希望を描く、感動の6篇を収録(あらすじ抜粋)。


諸事情によりあらすじ抜粋ですみません^^;乾さんの新刊。時を超えて繰り広げられる奇跡の
出来事を綴った短編集。今回も派手さはないけれど、静かに心に響く良作揃い。『あの日』の
自分との邂逅や、懐かしい誰かとの再会や、『あの日』から来た誰かとの遭遇など、時空を超えた
過去との出会いは、後悔や郷愁に満ちています。すべての物語が北海道を舞台にしているので、
北の広大な大地という大自然の素朴さも郷愁感を増長させていて良かったです。お話の系統と
しては前作の『メグル』系と言っても良いかもしれません。北海道という土地と「時を巡る」
という共通のテーマがあるので、全体的に統一感のある短編集になっているところが好みでした。



以下、各作品の感想。

『真夜中の動物園』
いじめられっ子のタカシは、家を抜け出して夜の動物園で飼育係のおじさんと出会うが・・・。
夜の動物園というシチュエーションがいいですね。おじさんの首にある黒い穴の存在がかなり
不気味でぞくりとさせます。おじさんの正体は多分ほとんどの人がわかってしまうと思うので、
ラストにそれほど衝撃はありませんが、黒い穴の意味がわかるシーンには息を飲みました。
この、夜の動物園のモデルは言わずもがな、あの旭○動物園でしょうね。

『翔る少年』
地震の翌日、傷を負った少年は、優しいおばさんと出会い、少年の新しい母親からしてもらい
たかったことを次々としてもらっていく・・・。
これもなんとなくお話の展開は見えやすいのですが、少年とおばさんの出会いと別れに切なく
やるせない気持ちになりました。最後の少年の作文が涙を誘います。短編としては非常に
読ませるいい作品。

『あの日にかえりたい』
養護老人ホームで、若きボランティアの女性が出会った老人がつぶやく『あの日にかえりたい』
という言葉の意味とは。
老人が過去の『あの日』に戻って、妻に本当にしてあげたかったことの真相には驚かされました。
とても重く悲しい。単なる身勝手とも取れるかもしれない。けれど、深い愛を感じる行動でした。

『へび玉』
『15年後、この場所でまたみんなで集まろう』。15年後、その場に来たのは由紀恵ただ
ひとりだった。
15年後の約束を守ったのが由紀恵一人だった理由に重苦しい気持ちになりました。へび玉が
燃えるのを見ているだけで笑えたあの頃にはもう二度と戻れない。由紀恵の後悔と悲しみが
伝わって来て、やるせない気持ちになりました。

『did not finish』
34歳、落ち目のプロスキーヤー大黒が、人生の最後に見た光景とは。
主人公に夢を与えた人物に関してはほとんどの人が読めてしまうでしょうね。そして、大黒の
最後の選択も。最後の最後まで、彼はスキーヤーの自分を否定したくなかったのでしょう。

『夜、あるく』
亜希子は、夜に散歩をする不思議な老女と出会い、心惹かれる。彼女が夜歩く理由とは――。
このタイトルはついつい正史を思い出してしまうのですが(カーの人も多いでしょうが^^;)、
全く内容とは関係ありません^^;なぜか夜に散歩する老女と出会い、心惹かれて行く主人公。
二人の邂逅はきっと偶然ではなく必然だったのでしょう。心癒される出会いに、温かい気持ちに
なりました。





先の展開が読みやすいお話が多いので、人によってはちょっと物足りなさを感じてしまうかも
しれませんが、過度に華美過ぎず情緒溢れる端正な文章が読んでいて心地良く、全体に流れる
セピア色の郷愁に、切ない気持ちになれる作品集でした。この人の文章、やっぱり好きだなぁ。
うん。良かった。