ミステリ読書録

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初野晴/「ノーマジーン」/ポプラ社刊

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初野晴さんの「ノーマジーン」。

終末論が囁かれる荒廃した世界で孤独な女性のもとに現れたのは、言葉を話す不思議な赤毛のサル
だった―ひとつ屋根の下、奇妙で幸せな一人と一匹の“ふたり暮らし”がはじまる。壊れかけた
世界で見える、本当に大切なものとは―不条理で切ない絆を描き出す寓話ミステリー(あらすじ抜粋)。


ポプラ社からの出版というのはとっても頷けるような初野さんの新作。ただ、子供向けっていう訳
ではありません。寓話のような物語ではあるけれども、とても切なくて、胸をえぐられるような
痛みを持った物語です。
ストーリーは、半身不随になった鞄職人の孤独な女性の元に、一匹の赤毛のサル『ノーマジーン』
がやって来たことが発端となり展開して行きます。
女性の介護を申し出るノーマジーンですが、何をやっても失敗してしまう。けれども、奇妙な同居
生活を続けるうちに、女性にとって赤毛のサルが誰よりも大切な存在になっていることに気付いて
行くのだけれど、ノーマジーンにはある秘密があって・・・という感じ。主人公のシズカと赤毛
小猿であるノーマジーンとのコミカルなやり取りがとても可愛らしくて、読んでいて何度もくすりと
笑ってしまいました。健気でシズカの為に出来ないことでも一生懸命になるノーマジーンがほんとに
愛おしく感じて、両者の関係がすごく好きでした。だからこそ、終盤の展開はすごく悲しかった。
シズカがやっと、ノーマジーンに対する自分の本当の気持ちに気づいたところだったのに、彼女に
とってとても残酷な事実を知ることになってしまう。彼女の心の葛藤が痛いくらいにわかってしまう
だけに、ノーマジーンの申し出を自然と受け入れてしまう彼女が悲しかったです。

いやもうね、ほんとに、最後の1ページ読んで、胸がいっぱいになってしまいました。シズカが
最後の最後に発した言葉に、とても感動しました。多分彼女は、初めてノーマジーンの前で、本当の
彼女の願望を口にしたのではないかな。きっと、彼女は今までいろんなことを諦めて来て、自分の
人生はこういうものだ、と諦観しながらずっと生きて来たんだと思う。誰かに甘えるとか、誰かに
何かをして欲しいなんて、考えたこともなかったのじゃないだろうか。半身不随になって、車椅子
生活になったことすら、悲観するでもなく、『仕方のないこと』として受け入れて生きて来たひと
なのだから。幼い彼女の身柄を引き受けた鞄職人の桐島の前でだって、甘えるようなことを言ったこと
なんかなかったんじゃないかな。まぁ、桐島本人もそういう発言を許さないような雰囲気のある人
だったようですしね。そんな彼女が、最後に漏らしたノーマジーンへの願い。ああ、良かったなぁ
って、心から思えました。多分、これから生活はもっと苦しくなるだろうし、来年の桜が見れる前に
この世の終わりが来てしまうかもしれない。でも、例えそんな瞬間が訪れたとしても、シズカと
ノーマジーンがお互いに寄り添っていられるならば、それだけで救われた気分になると思う。
シズカはこれからも、ノーマジーンに対する複雑な感情を抱えて行かなきゃいけないだろうし、
ノーマジーンは、そんなシズカの微妙な心情に気づいて度々悲しい思いもするかもしれない。でも、
やっぱり、二人にはどちらかの最期の瞬間まで、一緒に過ごしていて欲しいなって、思います。
読者のエゴかもしれないですけど、そうであって欲しいし、そうあるべきだと思うから。

物語には、謎なままの部分も残されているので、すべてがすっきりした訳ではありません。
ノーマジーンにシズカのことを教えた人物が誰かも結局はっきりしてないし(あの人じゃないか
という推測は出来ますが)、ノーマジーンの正体を暴露した人物がその後どうなったかも謎の
まま。
けれども、そういう部分は、この作品の核をなす、一人の女性と一匹のサルの絆の物語には、
あまり重要じゃないんだと思う。私も、だからといって不満に感じたり腑に落ちない気分に
なったりしませんでしたしね。ラスト読んで、そういうのはもう、どうでも良くなってしまった、
という方が正しいかな。

いろいろ書いたけど、一番に私が言いたいのは、私はこの作品が大好きだったということ。
初野さんらしい、とても残酷で痛々しいけれど、とても優しい物語。厳しい未来をシビアに
描きながらも、根底では、人間と動物の心の交流と絆を温かい目線で描いていると思う。
やっぱり私は、初野さんの描く世界が好きだなぁ、としみじみ思わされた作品でした。
最後の一ページまで、どうなるかわからずはらはらしました。ラストシーンに胸を打たれた、
という意味では、今年一番だったかもしれないな。