ミステリ読書録

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乾ルカ/「メグル」/東京創元社刊

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乾ルカさんの「メグル」。

バイトを探す為学生部を訪れた高橋健二は、家庭教師やアルバイトを斡旋する奨学係の女性職員
ユウキから、奇妙なアルバイトを紹介される。一晩田舎町に泊まって報酬5万。具体的な仕事
内容もわからないまま、ユウキに「あなたは行くべきよ。断らないでね」と言われ、やむなく
引き受けることに。向かった田舎町の駅で高橋を待っていたのは法衣を着たお寺の住職。仕事の
内容は、亡くなった老婆の遺体と一晩手をつないで添い寝をして欲しいというものだった――
(「ヒカレル」)。奇妙なアルバイトを通して人生の機微を鮮やかに描く、5つの奇跡の物語を収録。


乾さんの新刊。とても良かった。大学の学生部にいるミステリアスな女性事務員から、奇妙な
アルバイトを紹介された人々が体験した不可思議な出来事の顛末が綴られた短編集。この
アルバイトを斡旋する奨学係のユウキさんのキャラが非常に存在感があって効いています。
彼女自身は端正な顔立ちながら、無機質で特徴に残らない容姿をしていると書かれているのですが、
なんだか妙な迫力のあるキャラで、彼女からアルバイトを斡旋されて「あなたは行くべきよ。
断らないでね」と言われると、始めは抵抗していた学生たちも、なぜか素直に従ってアルバイト
に行くことになってしまう。ユウキさん自身のことも最初と最後の作品で語られるので、学生たち
の物語と共に、この作品は一冊通してユウキさんの物語でもあるのでしょう。人の心を見透かした
かのように、その人物に見合ったアルバイトを紹介するユウキ(悠木)さんも、アルバイトを
通して人生を変える出来事に出会っていた。どこか人間を超越したような、無機質なロボットの
ような印象のユウキさんだけど、本当はとても人間らしい感情を持った女性なのだと思う。きっと、
人の無言のSOSのサインを敏感に察知する才能に長けているのでしょうね。誰よりも人を見る目が
ある人間なのだと思います。先の展開が見えやすい作品もありましたが、どの作品も心に残る
良作揃い。ちょっと、本多孝好さんに作風が似てるかな。黒系の作品もありましたが、最後
読み終えて、優しい風に吹かれているような、爽やかな余韻に浸りながら読み終えられました。
非常に完成度の高い連作集になっていると思う。とても素敵な作品でした。


以下、各作品の感想。

『ヒカレル』
遺体と一晩手をつないで添い寝するアルバイトを斡旋された高橋が主人公。
これは私だったら絶対やりたくないアルバイトですねぇ。お寺の中で遺体と一人取り残されて
添い寝・・・ぶるぶるぶる。しかも、その死人が起きだして生者を引っ張って行こうとする
なんて。ゾンビじゃんか^^;でも、不思議とホラーに感じない作品でした。最後の奇跡は
ご都合主義ともとれるけれど、ユウキさんのことも含めて、良かったな、とほっとしました。

『モドル』
病院の売店の季節の模様替えのアルバイトを斡旋された飯島が主人公。
病気になって人が変わってしまった父親と、その父親の変貌に怯えて気弱になった母親、そんな
二人を見てイライラする娘。リアルに状況や彼らの心理が伝わって来て、痛かった。母親が
指輪を失くしてしまった理由が切ない。そんなに何度も同じ場所で指輪が失くなるものかとは
思うけど、ラストには救いがあって良かったです。

『アタエル』
ユウキが止めるのも聞かずに無理矢理犬の餌やりのバイトをすることになった高口が主人公。
作品中、唯一ユウキさんがアルバイトをするなとアドバイスした作品。この人は予知能力でも
あるんでしょうか^^;はっきりいって、ラストのオチは途中の段階で予測がついてしまい
ましたが、主人公が何の肉を与えているのか、高い壁の中には何がいるのか、緊迫したホラー
テイストが効いた作品。ユウキさんの事前の言葉通りのラストになり、主人公にとっては何とも
皮肉な結末でありました。

『タベル』
天才的な料理の才能を持つ佐藤の料理を食べるというアルバイトをすることになった橋爪が主人公。
これは一番好き。とにかく、佐藤さんのお料理が美味しそうだし、橋爪と小泉の友情にも胸が熱く
なったし、なんといっても、ラストの三人での食事のシーンが感動的。誰かと食べる食事って、
本当に一人で食べるよりもずっと美味しく感じるものなんですよね。アルバイト後の三人の関係
にも嬉しくなりました。橋爪のトラウマが治ってほんとに良かった。

『メグル』
5年前から、毎年同じ時期に自分の家の庭木の冬囲い等の庭仕事のアルバイトを続ける大学の
学生課事務職員が主人公。ラストに相応しい一作。これも三瀬さんの正体には途中で予測がついて
しまったけれど、彼女が毎年庭仕事を続ける理由がわかるラストにじーんとしました。季節が
巡り、また美しい花が咲き、また季節が巡って行く。光を感じる美しいラストでした。



乾さん、一作ごとに全く作風が違う作品を書いて来ますね。でも、抜群の表現力と卓越した文章
センスで、どの作品もぐいぐいと読まされてしまいます。この人の実力はやはり本物だと思う。
もっと評価されていい作家だと思うんだけどなぁ。前二作とは全く雰囲気の違う作品でしたが、
とても心に沁みる、心に残る作品集でした。お薦め。来月も新刊が出るようなので、今度は
どんな引き出しを見せてくれるのか、楽しみにしていたいと思います。