ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

竹本健治「涙香迷宮」/講談社刊

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竹本健二さんの「涙香迷宮」。

明治の傑物・黒岩涙香が残した最高難度の暗号に挑むのはIQ208の天才囲碁棋士・牧場智久!
いろは四十八文字を一度ずつ、すべて使って作る日本語の技巧と遊戯性を極めた「いろは歌
四十八首が挑戦状(紹介文抜粋)。


久しぶりの竹本さん。そして、久しぶりの牧場君シリーズ。このシリーズは大好き
なんですが、全部を読破している訳ではなく、読んだり読まなかったりなんですよね^^;
でも、今回は暗号ミステリの最高峰、という惹句に惹かれて、借りてみることにしました。
実は予約本が次々と回って来ていて、借りたものの、なんとなくとっつきにくそうな
雰囲気があったんで、そのままスルーして返しちゃおうかな、との思いが一度過ぎった
んですよ。でも、とりあえずせっかく借りたし、どんな話かだけでも確認しようかな、と
ぱらぱらとページを開いたら、面白くてそのまま読み続けることに。
結果、スルーしなくて良かった~!と心底思いました。
確かに、これは暗号ミステリの頂点と言われるのも頷ける、と思いました。
とにかく、暗号部分が凄まじい。よくぞまぁ、ここまでのことを考えたものだ、と
ただただ感心するばかりでした。竹本さんの言語に対する天才っぷりが遺憾なく発揮
された怪作と云えるのではないでしょうか。
今回のテーマは、タイトルにもあるように、黒岩涙香
明治の傑物・黒岩涙香の隠れ家を、持ち前の天才的閃きによって発見した我らが牧場智久
本因坊。そこで、涙香のファンたちが集って、隠れ家の調査に行くことになり、そこに
ガールフレンドの類子と共に参加することに。そこで、発見したのは、涙香によって書かれた
四十八首ものいろは歌
智久たちは、涙香によってそこに仕掛けられた暗号があることに気づき、解読に挑もうと
するが、メンバーの一人が不可解な死を遂げ――。
いろは歌っていうのは、『いろはにほへと~』に代表されるように、ひらがな四十八文字を
一文字づつ使って作る和歌のこと。
これを四十八首(厳密に言えばそれ以上出て来ますが)も一から考えたってところに
まず驚かされるし、その出来の素晴らしさもさることながら、その歌に更に暗号を
組み込むという、恐ろしく手が込んだことをさらっとされていることに、ただただ
脱帽というか、その能力の凄まじさにひれ伏すしかなかったです。
解読された暗号から浮かび上がって来たものにまた驚かされたし。圧倒されました。
ミステリなので、殺人事件も起きるんですけども、そっちはまぁ・・・うん・・・
っていう感じの出来ですけど(苦笑)。結構あっけなく解決しちゃうし(笑)。
でも、この作品の真価は、そこにはないと思うので。いろは歌がどーっと出て来る
ページがかなりの割合を占めているので、人によってはちょっと退屈に感じて
しまうかも。私は非常に面白く読んだのですけども。
あと、ちょっと違和感を覚えたのは、牧場君が全く年を取っていないのに、時代は
現代になっているところ。スマホとか使ってるし(笑)。完全にサザエさん現象
ですね。そこは時代に合わせたんでしょうね。確かに、40代の牧場君とか、ちょっと
嫌だし(それはそれで渋くてかっこ良くなってはいると思うけど・・・^^;)。
彼が謎の解明や暗号解読に行き詰まると、類子の一言がヒントになって一挙に推理が
閃く辺り、やっぱり彼女は牧場君のいいパートナーなんだなーと思わされました。
天才囲碁棋士に、美少女剣士とは、いい組み合わせですよねぇ。他人も羨むカップルとは
このことだな、と思いましたね。

一点、小峠が出した推理ゲームの答えだけが解明されないままですが、私はこれ、
意外と単純な答えなんじゃないのかな、と思ったのだけど、あんなに引っ張って
いたのだし、さすがにそんなに簡単な訳ないかなぁ。







一応自分が考えた答えを記しておきますと、涙香が秋水の背後に組み付いて鋭い
匕首を突き付けた理由は、単に『(こちらから)首を言い渡す=お前は首だ』という意味じゃ
ないのかな、と。自分から辞めたって形よりは、尊敬する涙香の方から辞めさせた
形の方が世間的な目も同情してもらえるのではないかと。でも、現代だったら、会社都合の
退職だとすぐに失業保険が出るだろうけど、当時ってそういう制度があったかわからないから、
あんまり意味ないかな。餞別が失業保険金ってのも何か腑に落ちないものがあるし。
こちらから首ってことにすれば退職金が出る訳でもないだろうしねぇ・・・。
もっと感情的な問題なのかなぁ。答えが知りたい・・・。






何にせよ、暗号ミステリとしては本当に素晴らしい出来だと思います。涙香が残したいろは歌
の部分だけでも、読む価値がある作品だと思う。まさに労作にして怪作。殺人事件の方は
ご愛嬌って感じでしたけども。この辺り、高田崇史さんのQEDシリーズを思い出した
のは私だけじゃない筈(笑)。
あと、黒岩涙香という作家は、恥ずかしながら名前くらいしか存じあげなかったの
だけど、本書を読むと、本当にすごい人だったんだ、ということが良くわかりました。
競技かるたの創始者も涙香だったとは。ちはやふる人気で、これだけの話題に
登る競技になったと知ったら、涙香さんもさぞかし喜ぶだろうな。