ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

吉田修一「逃亡小説集」(角川書店)

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タイトル通り、逃亡するお話ばかりを集めた作品集。以前読んだ『犯罪小説集』

同様、今回も実際の事件を下敷きにしていると思われるお話ばかり。

新聞やネット上で話題になった事件の内情は、実はこうだったんじゃないか、

みたいな感じで、吉田さんが想像を膨らませて書かれたのでしょうね。

それだけに、どのお話もとてもリアル。逃亡した人物が最後にどうなる

のかは、だいたいどの作品でも一緒なので、オチらしいオチはあってない

ようなものなのですが。

一作目の『逃げろ九州男児は、母親を乗せて車を走らせていた主人公が、

うっかり間違って一方通行を逆走したことで、警察に捕まりそうになり、

思わず逃走してしまう話。真面目に人生を生きていた主人公が、なぜか

この時だけ警察から逃げてしまう。真面目にやっても、全然上手くいかない

自分の人生すべてが嫌になって、何かのスイッチが入ってしまったので

しょうね。心理的には理解できなくもないけれども、私だったらここまで

大胆なことは出来ないだろうなぁ。一緒に逃走車に乗っていた母親の心情

はどうだったんだろうか。息子がこんな風に世間に迷惑をかけるなんて、

少しも思わないで生きて来たのだろうし。こういう人たちにこそ、生活保護

は必要なんじゃないかと思う。なんだか、やりきれなくなりました。

二話目の『逃げろ純愛』は、教師と元教え子の高校生が南の島に逃亡する話。

ラストに実際の年の差が明かされます。教師と生徒の純愛なんて、どこにでも

ある話だと思うんだど、普通に付き合っても犯罪になってしまうというのは

ちょっと悲しいものがありますね。ただ、ここに出て来る女教師は、かなり

ずるい女だと思う。高校生と付き合いながら、元カレにも未練たらたらで、

元カレから連絡が来たら、高校生との約束も破ってそちらへ行ってしまう。

高校生が自分に心酔してるのが気持ち良かったのかもしれません。でも、高校生

にとっては本当に先生のことが大好きで仕方がなくて・・・なんか、松嶋菜々子

とタッキーのドラマでこういうのあったよなーと思いながら読んでました。

三話目の『逃げろお嬢さん』は、夫が大麻で捕まった元アイドルが、世間から

身を隠す為、長野の山奥に逃げる話。長野の山の上で山荘を営む主人公が、大ファン

であるその元アイドルを自分の宿で匿うのだけれど、主人公自身はそれをテレビ

のドッキリ番組だと思いこんでいる為、二人の会話はどこかズレてしまう。お互い

の思惑がずれているので、全く噛み合わない会話が交わされるところが面白い。

主人公の鈍さにはちょっとイライラさせられましたけどね(苦笑)。基本的に

人がいいんでしょうけど、単なるアホのような気も・・・。転落した元アイドル

は、当然ながらのり○ーが思い起こされますが、今だったら沢○エリカさんでも

当てはまりそう。ま、夫が逮捕って時点で、モデルが前者なのは言うまでも

ないでしょうが。

ラストの『逃げろミスター・ポストマン』は、配達中の郵便配達員が配達車ごと

失踪してしまうお話。これは記憶に新しい事件でしたね。失踪したくなる気持ち

はわからなくもないけど、百歩譲って配達車は置いていくべきでしたよねぇ。

届かない郵便を巡って、困った人もたくさんいるでしょうし。いやでも、へたに

置いて行って車ごと誰かに盗まれでもしたら、それこそ大問題か。普段、投函した

郵便物は相手に届いて当たり前だと思っているけれど、それは郵便配達員さん

たちが、真面目に仕事をしてくださっているからなんですよね。そんな当たり前

のことが、当たり前でなくなることがある、と気付かされました。

何から逃げたくなるって、気持ち、なんだかわかります。私も、仕事が大変

だったとき、毎日どこかに逃げたい、もういやだ、と思ってたことありますもん。

人間、誰しもが一度は経験する感情なんじゃないでしょうか。それだけに、

それぞれの主人公たちの心情がとてもリアルに迫って来ました。

ただ、結局、現実から逃げても、問題が先送りになるだけで、最後は悲劇が

待っているだけなんですよね。どんな物事でも、逃げずに立ち向かう勇気を

持つことが大事なのかもしれません。

 

 

似鳥鶏「目を見て話せない」(角川書店)

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似鳥さん最新作。似鳥さんは、いろんなタイプの探偵役を生み出してますが、

今回の探偵役は、また今までにない斬新なタイプで、新鮮でした。というのも、

今回の主人公である藤村京は、他人の目を見て話が出来ない、いわゆるコミュ障。

晴れて国立の房総大学に入学した藤村は、入学早々、みんなの前で一人づつ

行う自己紹介が上手くいかず、友達作りに失敗してしまう。落ち込む藤村は

机に伏して寝てしまい、気がつくと周りに誰もいなくなっていた。いい加減

帰ろうと教室を出ようとすると、黒い傘の忘れ物に気がつく。近づいて見て

みると、ブランド品の高級傘らしいことがわかった。このまま見過ごせば、

誰かに盗まれてしまうかもしれない。大学生が持つには高級な傘で、誰かからの

借り物かもしれず、持ち主は困るに違いない。しかし、他人と話すのが苦手な

藤村は、どうにかこの傘の持ち主を特定して、本人に返せないかと考え、推理を

始めるのだが――。

主人公の藤村くんは、コミュ障だけど根はお人好しで、他人が困っていれば

なんとか持ち前の推理力でそれを解決しようと奮闘する。そういう藤村くん

の人の良さをわかってくれる人物が少しづつ増えて、友達の輪が広がっていく

ところが良かったです。

ミステリ的には、日常の謎系で、さほど派手なドンデン返し等があるわけでは

ありませんが、藤村くんの鋭いひらめき力には何度も感心させられました。

そして、何より、藤村くんが経験する、いくつものコミュ障あるあるネタには、

私自身もうんうん、そうそう!と頷けるものがいくつもありました。

初っ端に出て来た自己紹介に始まり、セレクトショップでの店員さんとの

やり取りや、カラオケで何を歌うか、いかにして自分の歌う回数を減らすかの

内面の葛藤や(カラオケ自体は大好きなのだけど、知らない人が混じっていると

選曲に悩むし、あまりたくさん歌いたいとは思えない)、微妙な知人とばったり

出会った時の対応などなど、身に覚えのあるものばかり。まぁ、私は藤村く

んみたいなコミュ障まで行かないけれど、人見知りで初対面の人が苦手なのは

間違いないし、基本的に相当な小心者なので、知らない人が相手だと緊張

して内心びくびくしてしまいます。

アパレルショップで店員さんに話しかけられたりすると、すぐにお店を出て

しまうし、なにか目的のものを買いに行った時に、売り場が見つからなくても、

ギリギリまで店員さんに聞いたりしません。絶対聞いた方が早いんですが。

なんか恥ずかしいし緊張するんですよね・・・。電話も苦手だし、試食は

絶対買うって時しかほとんどしませんし(試食したら買わないといけない気が

する・・・)。美容院でも、ちょっと思ってたのと違うなぁと思っても、

やり直してもらったりしたこともないし(まぁ、いいやと諦める)。

だから、藤村くんがいろいろ考え過ぎて、人と上手く会話出来なくなってしまう

ところは、すごく共感出来るなぁと思いました。言いたいことがはっきり言える

人ってほんとすごいと思うし、憧れてしまいます。

私も、言いたいことがあっても、その場では何も言えず、後で家に帰ってああ

言えば良かった、こう言えば良かったと後悔するタイプなので。

しかし、藤村くん、コミュ障なのに弁護士志望って。人と話すのが仕事の

弁護士が、コミュ障でも勤まるものなのだろうか・・・、と冒頭でツッコミを

入れていたのですけれど、事件を解決していく度に人間関係も広がって、

人としても成長していく過程を見ていたら、藤村くんはきっといい弁護士に

なれるだろうな、と思えました。

最終話での彼のキャラ変っぷりにはちょっとびっくりしたのですけど、醜悪な

態度の犯人たちに対して毅然とした態度で理路整然と犯行を指摘する姿は、

とてもかっこよかったです。怒らせると怖いタイプなんだろうなぁ。

同級生の加越さんや皆木さんのキャラも良かったし、幼馴染の里中くんが

同じ大学にいてくれたことも良かったですね。里中くんが藤村くんを

リスペクトしている感じがすごく好感持てました。加越さんの叔父さんの

加越教授のキャラもダンディで素敵だったなー。ラストの話では一番いい

場面で登場して活躍してくれたしね。

まぁ、何よりも、人と目を見て話せないコミュ障探偵の藤村くんのキャラが

とても気に入りました。

いろいろツッコミたいところもあったのだけど、藤村くんのコミュ障的

内面描写がとても的を得ていて、面白かった。最終話の途中に出て来た、

小学生時代に結成した少年探偵団まがいのチーム・サトのくだりはまんまと

作者のミスリードにひっかかってしまったし。普通に読めば良かったのだけど。

似鳥さんの文章って、改行が少なくて一見読みにくそうなのに、ついつい

引き込まれて読みふけってしまうんですよね。個人的には、改行の少ない

文章って苦手なんですが。

加越さんと藤村くんの今後の関係も気になるし、また続編読みたいなぁ、コレ。

似鳥作品の中でも、かなりお気に入りに入るかも。面白かった。

大崎梢「彼方のゴールド」(文藝春秋)

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大崎さんの新刊。千石社のお仕事シリーズ第三弾になるようです。今回スポット

が当たったのは、スポーツ誌『GOLD』編集部。入社三年目になる目黒明日香は、

スポーツの知識もろくにないのに、突然スポーツ誌『GOLD』に異動になって

しまう。明日香がやっていたスポーツといえば、小学三年生まで通っていた

スイミングくらいだった。ただし、そのスイミングスクールに一緒に通っていた

仲良しの友人の中には、本気でオリンピックを目指して真剣に水泳に打ち込んで

いた子もいた。ベテランの先輩たちと共に、様々なスポーツの取材に飛び回る

明日香の活躍と成長を描くお仕事小説。

来年のオリンピックに向けてのお話なのは間違いありませんね。実際のスポーツ

誌の取材っていうのは、こういう感じなんだろうなーと興味津々で読みました。

ただ、ミステリ的な要素は特になく、単にスポーツ雑誌の内情を描いた作品

って感じなので、正直ちょっと食い足りない印象はありましたね。終盤、長年

忘れられずにいた幼馴染と意外な形で再会した後も、もう少し劇的な展開に

持って行っても良かったんじゃないのかなぁ。いや、競技会の結果は劇的では

ありましたし、幼馴染が挫折を経験しながらも、その競技を諦めず続けた結果が

そうなったという過程は十分感動的でもあったのだけども。ただ、できれば

明日香との再会シーンくらいは描いてほしかったなぁ。あっさり終わってしまって、

拍子抜けだった。

全体的には、仕事を通じて明日香が成長していくところは良かったのですけどね。

あと、いろんなスポーツを取材側の目線で見られたのは面白かったです。

季節によって取り上げるスポーツが違っていたりとか。まぁ、当たり前の

ことではあるのだけど。冬はウィンタースポーツ中心で、夏は陸上とか

水泳とか。マラソンなんかも冬か。第四章の『キセキの一枚』は、冬の

スポーツとして冒頭にフィギュアの話題が出て来たから、その取材シーンとかが

読めるかなーと期待していたのだけど、蓋を開けたらバスケットボールの

取材の話でちょっとガッカリ。ま、これは個人的な好みの問題なだけですけど。

最近はバスケットも八村塁選手の活躍で人気急上昇ですもんねぇ。

雑誌の記事が、ライターさんとカメラマンさんと編集者それぞれの働きによって

出来上がっているというのがよくわかりました。ライターさんも、いろんな

タイプがいたりとか。スポーツ雑誌って、普段ほとんど読むことないから、

いろいろ知らないことだらけで勉強になりました(最後に買ったスポーツ誌

は、浅田真央ちゃん引退特集のNumberだったかな)。

来年のオリンピックに向けて、各スポーツ雑誌の記者もみんなワクワクソワソワ

してきた頃なのかな。そろそろ、各競技でオリンピック内定者が出始めて来て

いますしね。

この千石社シリーズって、いつも主人公が未経験の部署に異動になって四苦八苦

するお話な気がする・・・まぁ、いろんな部署を経験して、みんな一人前の

編集者になっていくのでしょうね。本好き人間として、出版社の仕事というのは、

単純に憧れの職業ではあるのだけど、やっぱり実際現場にいる人は大変そうだな、

といつも痛感させられるのでした。

道尾秀介「カエルの小指 a murder of crows」(講談社)

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ミッチー最新刊は、カラスの親指の続編。なんか、タイトルの付け方が

似ていたから、もしや、とは思っていたのですが、実際そうだとわかった時は

嬉しかったです。とはいえ、『カラス~』読んだの大分前だから、全然内容

覚えてなくって、誰が誰やら状態だったんですが・・・^^;少し、復習

してから読めば良かったかなぁ。せめて、映画観ておけば良かったな(映像

で観てると、結構内容覚えてたりするんで)。

詐欺師集団のお話なんですが、主人公のタケさん(武沢竹夫)は、詐欺師から

はすでに足を洗って、今は実演販売士として生計を立てています。まっとうに

生きようと決心していた竹夫だったが、実演販売中に謎の中学生キョウが現れ、

実演販売士の弟子にして欲しいと言ってくる。事情を聞くと、キョウの母親は、

かつて竹夫が飛び降り自殺から救った女性で、詐欺に遭い、絶望して自殺を図って

いた。キョウの願いは、母を騙した詐欺師のナガミネを捜し出すこと。その為に

は、探偵を雇う費用が必要であり、その資金を稼ぐ為、天才キッズを発掘する

テレビ番組に、実演販売で出演したいのだという。その番組は、優勝すると20万

円分の商品券がもらえるのだ。キョウの願いを聞きれた竹夫は、その日からキョウを

アパートに泊め、実演販売の特訓をすることに。そんな中、二人はたまたまポストに

入っていたチラシの中に、格安の探偵事務所を見つけ、試しにナガミネ捜しを依頼

する。

数日後、竹夫は探偵から依頼の調査報告を受けたが、キョウには告げられない結果

だった。一方、特訓の甲斐もあり、番組に出演出来る資格を得たキョウだったが、

当日、思いがけないことが次々と起こってしまう。

キョウが受ける数々の理不尽に心底腹を立てた竹夫は、かつての仲間たちと共に、

再び派手なペテンを仕掛けることに――。

道尾さんらしく、様々な騙しの手法が散りばめられた作品です。次から次へと

意外な事実が明らかになって行き、終盤はもう、どこまで嘘なのか、誰が嘘を

ついていたのか、何が何やら状態。いろんな人が、誰かのために嘘をついていて、

真実が明かされる度に、『そうだったのか~!』と思わされました。

前作も似たようなことを思いましたが、詐欺は倫理的に良くないことだけれど、

今回竹夫たちが企てたペテンは、ただひたすら、ある人物の為を思ってやったこと

であって、温かくも優しい嘘に心を打たれました。そして、その詐欺のプロ

でもある竹夫たちでさえ、ある人物に騙されていた。たくさんの嘘が出て来る

お話ではあるけれど、そのどれもが切なく、優しい。キョウの身の上は、あまり

にも酷いし、中学生にしてみれば、理不尽でしかないと思う。それでも、キョウ

は竹夫たちに出会えたことで、少し救われたんじゃないかな。結果として、父親

のことも、キョウが望む通りの展開になった訳だしね。

しかし、今回一番活躍したのって、貫太郎とやひろの子供(小6)、テツ(鉄平)

じゃないですかね。小学生にして、あの頭脳はすごい。元詐欺師の子供だから

なのか、やたらに知恵が回って、今回のペテン計画では、その頭の回転の早さの

おかけで、何度もピンチを救ってくれました。

竹夫のアパートに仕掛けられた盗聴器を発見したのもテツだったし、探偵の津賀和

のパソコンから大事な情報を盗んだのもそうだし。他にもいっぱい。どんだけ、

優秀なんだよー。これだけ頭がいいと、将来何にでもなれそうですね。その頭を

悪い方にだけは使ってほしくないけれど。特に、詐欺師にだけはならないで

ほしい。タケさんを始め、周りの人間がいい人ばかりだから大丈夫だとは

思うけれど。本人もとても良い子だしね。きっといい大人になりますよね。

今回も、道尾さんの掌の上で大いに転がされてしまった。キョウの一番の願いが、

いつか叶うといいな。そして、タケさんと再会してほしいです。

 道尾さんの良さがいっぱい詰まった、良作でした。

恩田陸「祝祭と予感」(幻冬舎)

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直木賞本屋大賞W受賞作蜜蜂と遠雷のスピンオフ。またあのコンテスタント

たちに会える!と楽しみにしていました。

本編のボリュームと対象的に、こちらは一瞬ページを開いた時に『児童書?』

と思ったくらい、文章が少ない^^;当然ページ数も少なく、読み応えという

意味ではちょっと物足りなかったです。ただ、あの圧倒的な物語の後日譚や

前日譚が読めたのは、やっぱりとても嬉しかった。それぞれの物語はほんの

さわり程度だけど、とても重要なシーンが描かれていたりもするので。

冒頭の『祝祭と掃苔は、例のコンクールの後、亜夜とマサルと塵が、

亜夜とマサルの子供の頃のピアノの先生のお墓参りに来るお話。なぜか

関係ない塵もついて来ているところが、なんだか微笑ましかった。

二作目の『獅子と芍薬は、マサルの師匠・ナサニエルの若かりし頃の話。

美しい東洋美女・ミエコとの出会いが描かれます。二人が別れちゃったのは

なんだかとても残念。でも、それぞれの才能を認め合って高めあう二人の

関係がとてもいいな、と思いました。

三作目の『袈裟と鞦韆は、亜夜や塵が出た例のコンクールの課題曲だった

春と修羅作曲者・菱沼の物語。『春と修羅』作曲の経緯と背景がわかって、

よりあの曲がドラマチックに思えるようになりました。ちなみに、タイトルの

鞦韆(しゅうせん)とは、ブランコのこと。字が読めなくて(アホ)、漢字出す

の大変だった^^;;

四作目の『竪琴と葦笛』は、マサルと師匠ナサニエルの出会いの物語。始めは

違う師匠に師事していたマサルが、いかにしてナサニエルに師事することに

なったのか。マサルの知略に舌を巻きました。天才はやることが大胆だ。

五作目の『鈴蘭と階段』は、亜夜の友人・奏が、奇跡的に、運命のヴィオラ

と出会うお話。ヴィオラが、形も音色もそんなにバリエーションのある楽器

だとは知らなかったです。自分の楽器と出会うことがどれほど奇跡的なこと

なのか。奏は本当にラッキーだったと思いました。

ラストの『伝説と予感』は、塵と、彼の師匠・ユウジとの出会いの話。なんだか、

絵画のように美しい出会いですね。これもまさしく運命だったのでしょう。

どれも、本編を補足する上で、とても重要なお話ばかりでした。もう少しじっくり

ページ数をかけた話が読みたかった気もするけれど、補足はこれくらいで

ちょうどいいとも云えるのかもしれない。各作品のタイトルも本編と呼応していて、

かっこいいですね。やっぱり、恩田さんの巧さが光る作品集だと思いました。

もっともっとこの世界観に触れていたいなぁ。

続編書いてくれないかなぁ(本編のね!)。

 

法月綸太郎「法月綸太郎の消息」(講談社)

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久しぶりののりりんシリーズ。予約本が重なって借りたはいいものの、読めるか

微妙なところだったんだけど、やっぱりこのシリーズは抑えておきたいので、

他の本を一冊諦めました(伊岡さんだった・・・)。

今回は四作収録されています。

ホームズとポアロものを題材にした二編と、都筑道夫氏の退職刑事

シリーズを下敷きにした二編を加えたもの。正直、私はどの作品もかじった

くらいの知識しかないので、どう読み取っていいのか戸惑うばかりでした。

特に、ホームズとポアロの過去作品の新説談義に関しては、当該作品を

読んでないため、何が何やら。しっかり本歌作品を読み込んだ人には、ふむふむ

と頷ける説だったりするのかもしれないのですが。わざわざ法月シリーズで

やる必要があるのかはちょっと謎。もうちょっと、直球の本格ミステリ

読みたかったなあ。

『白面のたてがみ』は、亡くなったオカルト研究家の堤豊秋が残した

論文が発見されるが、その中に、チェスタトン『鱶の影』は、

コナン・ドイル『白面の兵士』『ライオンのたてがみ』の、二つの

作品を継ぎ足して書かれたものではないかと示唆する記述があり、綸太郎が

自分でも独自の考察を試みる、というもの。どれも読んでないので、

なかなか作品に入っていけなかったです。『星が月になる?』という、

魚に足がついたような奇妙なイラストの解読は興味深かったですけどね。

退職刑事シリーズを下敷きにした真ん中の二編も、ちょっとミステリとしての

解決がわかりにくかったような。『あべこべの遺書』は、以前アンソロジー

で既読だったのですが、確かその時も同じような感想だった覚えがあるんです

よねぇ。その時から大分加筆修正したそうなんですが・・・。遺書があべこべ

だったという謎自体には興味を引かれたのですけど。

『殺さぬ先の自首』は、法月警視の口から綸太郎の母親のことが出て来て

ビックリ。そういえば、あんまり母親の話って二人から聞いたことがなかった

ような。すっかり、その存在を忘れてしまってました。法月警視が妙に

歯切れが悪いのが、珍しいというか、新鮮でした。しかし、綸太郎の母親の

死因にも驚かされました。多分、過去に出て来ているんでしょうけど、

全く覚えてなかったです。二人とも、敢えてそのことには触れないように

してきたのかな。

最後の『カーテンコール』は、ポアロの双子の兄・アシルは実在するのか否か

の議論を交わす話。いろんな作品が引用されていて、一部ネタバレ表記も

されているので、気になる方は原典に当たってから読まれた方がいいかも

しれません(クリスティの『カーテン』『象は忘れない』『ビッグ4』

ハロウィーン・パーティ』、クイーンの『レーン最後の事件』辺り)。

章ごとに『~の結末が明かされる』と明記されてはいるので、一応注意書きは

あります。でも、未読の人は、ほとんど未読のまま読んじゃうんじゃ

ないかなぁ(私みたいに^^;)。

なんか、演劇を読んでいるような気分になりました。書き方もそれっぽいし。

もし本当にポアロに双子の兄がいたとしたら、いろいろと覆ることがありそう

です。クリスティ専門家が読んでどう思うかはおいといて、素人的には

興味深い考察ではありました。ただ、途中に出て来るギリシャ神話の薀蓄

には正直辟易しましたけど。カタカナが多いと読むの疲れるんだよね^^;

 

 

鈴木るりか「太陽はひとりぼっち」(小学館)

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『さよなら田中さん』の続編と聞いて、読むのをとっても楽しみにしていました。

読み始めたら、今回も面白くってあっという間に読み終わってしまってました。

もっともっと田中さんちの物語を読んでいたかったなぁ。

花実ちゃんは中学生になりました。母親との二人暮しは相変わらずお金が

ないけれど、より逞しく、優しい素直な良い子に育っていて、ほっとしました。

今回は、突然田中親子の前に現れた老婆に翻弄されるお話。母親に金の無心に

現れた謎の老婆の正体は、母親の母親、つまり花実ちゃんの実の祖母でした。

母親があれほど働いて頑張っても、いつも家にお金がなかった理由が今回

明らかになります。花実の母親が、その母親から受けた仕打ちには、腹が立って

仕方がなかったです。それなのに、なぜ家に居座る祖母を追い出さないのか、

花実同様、理解ができなかった。でも・・・やっぱり、どんなに毒親でも、

子供にとって母親っていうのは特別な存在なのでしょうね。そんな仕打ちを

されたからこそ、花実の母が花実に対してあれほどの愛情を注いでいるのだと

わかって、心を打たれました。虐待や育児放棄をされた人間は、自分がされた

ことを、自分の子供にもしてしまうパターンが多いけれど、花実の母のように、

反面教師になる場合もあるんでしょうね。そちらならば救われますが。負の連鎖

になるのが一番問題だから。

私だったら、そんな祖母に対して愛情なんて絶対持てないところだけど、花実の

すごいところは、祖母の本心も見抜いて、愛情を持って接することが出来る

ところだと思う。確かに、始めのうちは早く帰ってほしいと言っていたけれど。

祖母と接するうちに、彼女の本音が見えたのでしょうね。中学一年生で、なんで

これほど人間ができているのだろう・・・。自分が恥ずかしい・・・。

驚かされたのは、花実親子が住んでいるアパートの大家さんのニート

息子、賢人の過去の部分。こういう、性的マイノリティのお話まで描ける

とは、この作者はやっぱり只者ではない、と思わされました。二本の白バラ

の使い方なんかも上手い。花実の母親が賢人の微妙な性癖のことに気づいていた

のにも驚きましたが。賢人は、一見ダメダメニートに見えるけど、基本的には

やっぱりとても真面目で良い子なんだろうな。過去にあんなことがあったら、

人を信じられず引きこもりのようになってしまったのにも頷ける。優しかった

が故に、精神を病んでしまったのでしょうね・・・。花実にとっては、

なくてはならない友人のひとりだと思う。花実も、要所要所で賢人に悩みを

打ち明けているしね。

花実が中学に上がってできた新しい友人、佐知子の身の上も、かなりシビア。

家が裕福で、何不自由ないお嬢様なのかと思いきや、母親が再婚し、義父との

間に子供が出来たせいで家庭に自分の居場所がなく、中学を卒業したら家を出る

と豪語している。家を出るお金を稼ぐ為に、花実とある計画を立てたが故に、

とんでもない目に遭う羽目に。佐知子の祖父母の彼女への仕打ちはあんまりだと

思いました。花実という友人が出来なかったら、彼女は非行に走っていたかも。

でも、花実という強力な味方がいるから、きっとこの先も大丈夫でしょう。

タイトルの言葉が効いてくるラストシーンも良いですね。

前作に出て来た三上くんのその後が読めたのも嬉しかったです。毒母親のせいで

遠く離れた学校に追いやられてしまっていたから。しかし、ここまでキリスト教

の教えにのめり込んでしまうとは。でも、地元に帰って来て花実に会ってからの

三上くんが、煩悩の塊になってしまうのが面白かった。飲みかけのオレンジ紅茶、

どうなっちゃうんでしょうか(苦笑)。

最後は数々の名言を花実に印象付けた、木戸先生のお話。木戸先生がオカルトに

はまるきっかけのエピソードが描かれます。まさか、先生のお兄さんが謎の

失踪を遂げていたとは。そして、その失踪の真相が最後に明らかに。もっと

オカルティックな真相かと思いきや。そうか、そういうことだったのか!と

目からウロコの思いがしました。そして、なんだか心が温かくなりました。

きっと木戸先生の中では、お兄さんはパラレルワールドで楽しく生活している

んでしょうね。これからもずっと。

改めて、やっぱりこの作者さんが大好きだなぁ、と思わされました。今回も、

とても面白かった。これを女子高生が書いているのかと思うと・・・自分の

文才のなさにがっかりしてしまうなぁ。はぁ。

これからも、コンスタントに書き続けてほしいです。