ミステリ読書録

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吉田修一「逃亡小説集」(角川書店)

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タイトル通り、逃亡するお話ばかりを集めた作品集。以前読んだ『犯罪小説集』

同様、今回も実際の事件を下敷きにしていると思われるお話ばかり。

新聞やネット上で話題になった事件の内情は、実はこうだったんじゃないか、

みたいな感じで、吉田さんが想像を膨らませて書かれたのでしょうね。

それだけに、どのお話もとてもリアル。逃亡した人物が最後にどうなる

のかは、だいたいどの作品でも一緒なので、オチらしいオチはあってない

ようなものなのですが。

一作目の『逃げろ九州男児は、母親を乗せて車を走らせていた主人公が、

うっかり間違って一方通行を逆走したことで、警察に捕まりそうになり、

思わず逃走してしまう話。真面目に人生を生きていた主人公が、なぜか

この時だけ警察から逃げてしまう。真面目にやっても、全然上手くいかない

自分の人生すべてが嫌になって、何かのスイッチが入ってしまったので

しょうね。心理的には理解できなくもないけれども、私だったらここまで

大胆なことは出来ないだろうなぁ。一緒に逃走車に乗っていた母親の心情

はどうだったんだろうか。息子がこんな風に世間に迷惑をかけるなんて、

少しも思わないで生きて来たのだろうし。こういう人たちにこそ、生活保護

は必要なんじゃないかと思う。なんだか、やりきれなくなりました。

二話目の『逃げろ純愛』は、教師と元教え子の高校生が南の島に逃亡する話。

ラストに実際の年の差が明かされます。教師と生徒の純愛なんて、どこにでも

ある話だと思うんだど、普通に付き合っても犯罪になってしまうというのは

ちょっと悲しいものがありますね。ただ、ここに出て来る女教師は、かなり

ずるい女だと思う。高校生と付き合いながら、元カレにも未練たらたらで、

元カレから連絡が来たら、高校生との約束も破ってそちらへ行ってしまう。

高校生が自分に心酔してるのが気持ち良かったのかもしれません。でも、高校生

にとっては本当に先生のことが大好きで仕方がなくて・・・なんか、松嶋菜々子

とタッキーのドラマでこういうのあったよなーと思いながら読んでました。

三話目の『逃げろお嬢さん』は、夫が大麻で捕まった元アイドルが、世間から

身を隠す為、長野の山奥に逃げる話。長野の山の上で山荘を営む主人公が、大ファン

であるその元アイドルを自分の宿で匿うのだけれど、主人公自身はそれをテレビ

のドッキリ番組だと思いこんでいる為、二人の会話はどこかズレてしまう。お互い

の思惑がずれているので、全く噛み合わない会話が交わされるところが面白い。

主人公の鈍さにはちょっとイライラさせられましたけどね(苦笑)。基本的に

人がいいんでしょうけど、単なるアホのような気も・・・。転落した元アイドル

は、当然ながらのり○ーが思い起こされますが、今だったら沢○エリカさんでも

当てはまりそう。ま、夫が逮捕って時点で、モデルが前者なのは言うまでも

ないでしょうが。

ラストの『逃げろミスター・ポストマン』は、配達中の郵便配達員が配達車ごと

失踪してしまうお話。これは記憶に新しい事件でしたね。失踪したくなる気持ち

はわからなくもないけど、百歩譲って配達車は置いていくべきでしたよねぇ。

届かない郵便を巡って、困った人もたくさんいるでしょうし。いやでも、へたに

置いて行って車ごと誰かに盗まれでもしたら、それこそ大問題か。普段、投函した

郵便物は相手に届いて当たり前だと思っているけれど、それは郵便配達員さん

たちが、真面目に仕事をしてくださっているからなんですよね。そんな当たり前

のことが、当たり前でなくなることがある、と気付かされました。

何から逃げたくなるって、気持ち、なんだかわかります。私も、仕事が大変

だったとき、毎日どこかに逃げたい、もういやだ、と思ってたことありますもん。

人間、誰しもが一度は経験する感情なんじゃないでしょうか。それだけに、

それぞれの主人公たちの心情がとてもリアルに迫って来ました。

ただ、結局、現実から逃げても、問題が先送りになるだけで、最後は悲劇が

待っているだけなんですよね。どんな物事でも、逃げずに立ち向かう勇気を

持つことが大事なのかもしれません。