ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

青崎有吾「地雷グリコ」(角川書店)

ゆきあやさんに教えて頂いた、青崎さんの新作。今年のランキングを賑わせそうな

出来とのことで、これはもう、読むしかないでしょ!と即行で予約。ラッキーな

ことに、予約なしで回って来て早めに読むことが出来ました。

いやー・・・、これは・・・めっちゃ面白かったです!確かに、この出来なら

今年の年末ランキング賑わせそうかも。

設定自体は、正直、ツッコミ所満載どころか、ツッコミ所しかないってくらい

なんですけども、あくまでもフィクションで、エンタメとして読むなら、もう

最高に楽しめる作品だと思うなぁ。

なぜか勝負事にめっぽう強い、女子高生の伊守矢真兎が主人公。彼女の元には、

様々な理由で風変わりな勝負への挑戦状が持ち込まれる。地雷が仕掛けられている

じゃんけんグリコ、百人一首のカードを用いた神経衰弱、自分で一つ型を追加して

行うじゃんけん、十文字以上をかけて行われる変形だるまさんがころんだ(かぞえ

た)、四つの部屋にカードを取りに行かなければならない変則ポーカー・・・

どれもが先読み必須の一筋縄では勝てない勝負ばかりだが、真兎はこの究極の

頭脳ゲームに打ち勝てるのか――。

青崎さん、よくこんな面白いゲームを次から次へと考えつけるなぁ、と一作読む

度に感心。扱われるゲームは、人生で誰もが一度はやったことがあるものばかり

ではないでしょうか。ただ、そこに風変わりなルールが追加される為、ルール自体

を理解するのが少し大変だったりもしましたが。その追加ルールや冒頭で提示

される基本的な決まり事が重要なポイント。そこが勝利の鍵になっているところが

どれも絶妙に上手いなぁと思いました。それ反則じゃないの!?って思うことでも、

前に戻って確認すれば、前提として成立するように説明されている。真兎も、そこを

ちゃんと押さえてゲームの進めているのがわかって、ただただすごいとしか言いようが

なかった。

ヒロインの真兎のキャラクターが抜群にいい。一見、だらしなくてぼーっとした平凡な

女子高生なのに、いざゲームを始めると、一転、とんでもない頭脳と先を読む

能力で、難攻不落と思えた相手を次々と打ち負かして行く。どんだけ先の先まで

相手の動きを読んでるんだよ!と恐ろしくなったほど。将棋の勝負みたいに、相手の

先の先の先の先くらいまで読み通してる感じ。ほんとに高校生(しかも一年)かよ!

と思いました(笑)。

勝つ方法も、その時々で大胆不敵だし。えぇ、そんな手があったのかーー!!と

びっくりさせられるものばかりだった。特に、だるまさんがかぞえたの第三セット

には意表をつかれたなぁ。度肝を抜かれた、とはこのことだと思いました。

毎回、本人は、そこまでゲームとか勝負事に執着がある訳ではなく、ただ、相手から

挑戦されたから仕方なく受けて立ってる感じなのに。ただし、最終話のゲーム

だけは、ある理由があって、自分から敢えて勝負に挑むのですけれど。この、

ラスト一作によって、真兎に対するイメージはガラッと変わるんじゃないかな。

この鮮やかな印象の変化に、すっかりすべてを持っていかれてしまった。いや、

読んでる途中から、なんとなく、彼女が要求していることの想像はついたの

ですけどね。この一作があることで、この作品自体の青春度がぐっと上がって、

とても素敵な青春小説を読んだ、という後味になっているところが素晴らしいと

思いました。さすがに、星越高校のSチップの設定はありえないでしょう、とは

ツッコミたくなりましたけどね・・・。一枚10万円の価値のあるものを、全生徒

奨学金と称して配るとか、意味不明だし(まぁ、そのまま換金できる訳では

なく、いろいろ設定はあるのだけど)。そもそも、絵空みたいな方法で推薦

試験をアピールした子を合格させるって時点で、星越高校のヤバさがわかるって

ものなんですが(普通ならこんなアピールされたら、即座に落とすと思うけど)。

一芸に秀でているとか、そういう問題じゃないと思うけどなぁ・・・(倫理観的に

見て)。最後のポーカーでのあの行為にも怖気が走りましたし。勝つ為には

犯罪行為も辞さないってスタンスが怖すぎて。ただまぁ、そんなサイコパスな子

と対等にやり合う真兎はかっこ良かったですけどね。

脇役もそれぞれにキャラが立っていて良かったです。語り手で真兎の友人、鉱田

ちゃん(平凡そうなこの子が、案外一番重要なキーキャラクターだったりする)、

生徒会副会長にして、いつでも冷静沈着なスクエアメガネ男子・椚先輩、自由な

服装をしたいという、自分本位な欲求を満たす為だけに生徒会長になった佐分利

会長(女子)、ゲームの考案や、いかなる時でも中立公平な立場でのジャッジ等、

ゲームに対する対応能力抜群のラクロス男子・塗部くん、などなど。

なんか、漫画原作でもいいようなキャラの子ばっかりでしたね。対戦相手も

個性的なキャラ揃いでしたし。漫画化したら面白そうだ。

ちなみに、鉱田ちゃんの下の名前って何なんだろう。彼女だけ下の名前が最後まで

出て来なかったような(読み落とし?)。

あと、結局、真兎の一番大事なものって・・・?なんとなく想像するものは

あるけど、はっきり言葉にして出て来なかったので。

エピローグで、さらなるゲームへの布石が仄めかされているので、これはぜひ、

この後に続く続編を書いて頂きたいところですね。

とっても面白かったです。読めて良かった。

紹介して下さったゆきあやさんに多大なる感謝を。

 

 

 

 

「推理の時間です」(講談社)

雑誌メフィストの有料会員向けに行われたオンラインイベントが発端となり、

メフィスト誌上に掲載された読者参加型の謎解き企画を一冊にまとめたもの。

面白いのは、寄稿された作家さんご自身も、他の作家さんの問題編を読んで

推理し、解答しなければいけないところ(全部の作品ではないけれど)。プロの

作家さんの解答部分を読むのも楽しかった。全く見当ハズレの推理をしている

方もいれば、概ね当ててしまう強者もいたり。さすが、読み取り方がプロは

違うな~と思えるご解答ばかりでしたけれどね(当たっていても、いなくても)。

まずは、六作品、すべての問題編が提示され、その後にすべての解答編が収録されて

います。一作ごとに解答編を読むのもよし、すべての問題を先に読んでから解答編を

読むのもよし。読み方はそれぞれだろうなと思いました。私個人としては、収録通り、

すべての問題編を読んでから、一気に解答編を読みました。え、推理出来たものは

あったのかって?

・・・あるわけないでしょ(笑)。ミステリー小説が大好きな人間ですけど、

推理なんか出来た試しはないんですから(開き直るなよ^^;)。躊躇なくさっさと

解答編のページをめくったのでした。

一作だけ、犯人当てられた!と思ったものがあったのですが、そう思ったのも

束の間、その先があって、結局二択でハズレてしまいました。やっぱり、プロの

作家さんの挑戦状をそう簡単に見破れるはずがなかったのでした(苦笑)。

問題編は、『フーダニット(誰が)』『ホワイダニット(なぜ?)』『ハウダニット

(どうやって?)』の三部門に分かれていて、寄稿した作家さんご自身もおっしゃっ

ていたけれど、ホワイダニットの問題編を考えるのはなかなか大変そう、と思い

ました。でも、解答編が一番わかりやすかったのは、そのハウダニットの中の

我孫子さんの一作だったな。ただし、わかりやすかっただけに、他の作家さんから

も結構当てられてしまっていたけれど。私はまったくわからなかったけどね!(

だから開き直るなって^^;)。

後半の三作は歴史が絡んだミステリーだから、歴史物が苦手な私にはちょっと

読むだけでも骨が折れるところがありました。説明部分が長くて、読んでると

すぐに睡魔が襲って来てしまって^^;そんな状態だから、当然ながら推理なんて

できるはずもなく。

ただ、久しぶりに田中啓文氏のミステリーが読めたのは嬉しかったなぁ。編集

担当であり寄稿者の一人でもある法月(綸太郎)さんもおっしゃっていたけれど、

どうか、永見緋太郎シリーズの新作を出して欲しいっ!素晴らしいジャズミステリ

で、大好きで、ずっと続編出ないのかなーと思っている作品なので。近年はホラー

寄りの作品が多くなってしまったイメージがあって、ミステリを書かれていない

ように思うのですが、そんなことないのかな。

法月さんの作品は、一部読者に開示していない設定があって、動機の面から推理

するのは無理に思えて、若干アンフェアに感じたのですけどね。まぁ、フーダニット

がテーマだからいいのかもしれないですけども。

方丈貴恵さんは初めて読みましたが、館ものの王道ってことで、一番好みの作風

だったかも。先述した、二択で犯人間違えた作品はコレ。犯人に関しては、完全に

スリードされてましたね~。まさかの身体的設定が・・・。

我孫子武丸さんのは、こちらも先述した通り、一番謎解き部分読んでわかりやすい

解答編だった。コロナ禍でマスク生活の設定が効いているなぁと思いました。

田中啓文さんのは、ペリー来航を絡めたミステリー。被害者の職業と、被害者が

赤い髪を掴んで死んでいたところがポイントでした。

北山猛邦さんのは、ナチス・ドイツの秘密兵器・列車砲を用いた殺人事件。犯人が

犯行時に隠れていた場所には唖然。これは、列車砲というもの自体を理解して

いないと、なかなか解けないんじゃないのかなぁ。いや、図解はあるし、本文に

ちゃんと説明書きもあるから、単なる言い訳なんですけどね・・・。

伊吹亜門さんも初めましての作家さん。こちらも軍事もので、満州に派遣された

日本帝国陸軍内での消失事件がテーマ。細かい室内の伏線を読み解かないとダメ

ですね。わからんがな^^;

 

まぁ、推理はひとつもまともに出来なかったですけど(本当にミステリファンなの

か)、こういう読者への挑戦ミステリーは大好物!めちゃくちゃ楽しかったです。

歴史ものが多くて、ちょっと問題文に苦戦したところは御愛嬌(アホですみません

^^;)。

ミステリ好きな方、ぜひ、チャレンジしてみてください~。

第二弾もぜひ、お願いします!

 

 

「禁断の罠」(文春文庫)

『禁断の罠』をテーマにしたアンソロジー。米澤さん、有栖川さん目当てで借り

ましたが、どれもなかなか面白かったですね。気になりつつも未読の作家さんの

作品も読めたので、収穫はあったかな。

誰かを罠にかける(かけられる)のがテーマなだけに、後味悪いものが多かった

かな。

 

では、各作品の感想を。

新川帆立『ヤツデの一家』

三代続く政治家の家系に生まれ、兄と妹を押しのけて父親の地盤を引き継いだ真実。

父の後妻の連れ子である渉とは体の関係にある。渉は、真実が不細工でも、金と

権力目当てにすり寄って来る。ある日渉が美しい妹の優芽とも付き合っていること

を知って逆上した真実は、別荘で渉を手にかけて殺してしまう。しかし、改めて

別荘に行くと、なぜか生きた渉がそこにいて――。

屈折した真実の性格が災いを呼ぶことに。ラストで妹から告げられる渉に関する

ある事実が皮肉でした。優芽の性格は想像した通りだったな。

 

結城真一郎『大代行時代』

社会人8年目の銀行員の私に、今年は一般職の内海さんと総合職の猪俣くんという

二人の後輩が出来た。内海さんは気の利く愛想の良い期待の新人だが、猪俣くんは、

言われたことしかやらず、覇気のないZ世代代表みたいな新人だった。しかし、ある日

突然内海さんが辞めてしまう。その後、駅で偶然内海さんと再会した私は、猪俣

くんに関する意外な事実を告げられて――。

何でも代行すればいいってものじゃないとは思いますが・・・内海さんや猪俣くん

の気持ちもわからなくはないです。でも、それでも自分に鞭打ってでも、そこは

自分でやらなきゃダメなことですよねぇ。それを乗り越えることで、人は成長する

のだと思うけどもね。こういう考えがパワハラに繋がるのかしらん。主人公の

友人がああいう形で絡んで来るとは思わなかったです。結城さんの作品読んで

みたかったから、読めて嬉しかった。予約多くてなかなか読めないんだよね。

 

斜線堂有紀『妻貝朋希を誰も知らない』

大手ファミレスチェーンのファミリーエコス内で撮られた迷惑動画が世間を揺るがせて

いる。記者の磯俣と切谷は、動画に映っている妻貝朋希とその関係者に取材を

試みると、意外な事実が判明して行く――。

始めは妻貝をとんでもないクズ野郎としか見ていなかったのですが・・・彼を

知る人々の話を聞いて行くうちに、妻貝という人間の本質が少しづつわかって行き、

最後に動画の真実が明らかになって、やりきれない気持ちになりました。切谷たち

によって、真実が明るみに出るといいのですが・・・。本当の悪人に罰を与えなきゃ

ダメですよね。斜線堂さんの作品とは相性が悪いことが多いのだけど、これは

なかなか良かったです。

 

米澤穂信『供米』

詩人小此木春雪の遺稿集が世に出た。春雪と友人関係にあった私は、遺稿集が

出る前に春雪の妻・加代子さんと会って、春雪の遺稿のことを聞いていた。その時、

加代子さんは生前の春雪本人から、遺稿は未完成ゆえ、余人に見せないようにという

遺言を言付かっていると聞いていた。加代子さんはなぜ、遺言に反するようなことを

したのか――。

妻が亡き詩人の遺言を破ってまで、遺稿集を出したのはなぜなのか。その真実を

知って、胸を打たれました。世間から叩かれようが、彼女には関係なかったの

ですね。彼女の思惑を知れば、空の上の詩人も許してくれるでしょう。

 

中山七里『ハングマンー雛鵜ー』

大学生の比米倉は、裏で元刑事の鳥海が率いる復讐代行業屋で働いている。ある日、

大学で後輩の久水から、割の良いバイトを紹介して欲しいと頼まれる。その後、

南青山で高級腕時計屋を三人組の男が強盗に入り、そこから逃走する様子がテレビ

で放送された。その映像を観た比米倉は、そのうちの一人の男の特徴的な走り方に

見覚えがあることに気づく。久水は金に困っていた――。翌日、三人組のうち二人は

捕まったが、一人は逃走したままだった。警察に捕まる前に久水を捜し出そうと

した比米倉だったが、願いも虚しく久水が死体で発見されてしまう。なぜ久水は

こんなことに巻き込まれてしまったのか。

シリーズものの続きみたいなので、これ単独だと背景がわかりづらい。ちょっと

不親切かな、と思いましたが、本編も読んでみたくなりましたね。結城さんの

作品と代行業被りしてるのがちょっと勿体ないかな(まぁ、代行の種類は全然

違いますけど^^;)。迷惑動画ネタも斜線堂さんのとちょっと被ってますしね。

中山さんは世間の評価が高いので気にはなってたんですが、このミス系だしなぁ

と手に取るのを躊躇してた作家さん。これを機に読んでみようかしらん。

 

有栖川有栖『ミステリ作家とその弟子』

逗子にいるミステリ作家の刑部を訪問した編集者の西川。約束は二時過ぎのはず

だったが、刑部の都合で三時を過ぎてしまうらしい。その時間、刑部は住み込みの

弟子の青年に文学レクチャーをするらしい。西川は、待っている間、向かいの部屋で

行われるその文学レクチャーを聞くとはなしに聞いてしまう。刑部には、編集者に

レクチャーを敢えて聞かせる思惑があった――。

刑部による、昔話に関する文学レクチャーは興味深かったです。青柳碧人さんの

例のシリーズを思い出しましたけど(笑)。弟子の目的は、まぁソレだろうなぁ

と思っていたので、その通りの結末になりましたね。

 

 

恩田陸「夜明けの花園 Dreaming Garden」(講談社)

恩田さん新作は、待望の理瀬シリーズ!アンソロジーではちょこちょこお目見え

してましたが、こうして一作にまとまると嬉しいですね~。やっぱり、この不穏で

耽美で不条理な世界観がたまらない。あともう、装丁がヤバいくらい神がかってる

(表現バグっててすみません^^;素晴らしいって意味ですw)。文庫より

大きくて、普通の単行本よりも小ぶりな、ちょっと変形サイズの単行本。スピンオフ

だから、本編とは少し違った形にしたかったのかな~と思いました。表紙も中の

イラストも美しい。手元に置いておきたい!

いやー、堪能しました。二作目までは先述した通り、アンソロジーで既読でした

ので、だいたい内容も覚えていました。

とはいえ!アンソロジーで読んだ時も、読んだの昔すぎて全然登場人物を覚えて

いなくて困ったのですけれど、今回も、さにあらず。なんとなく、名前だけは

記憶にあるのがヨハンと憂理くらい。黎二もうっすらと。あとは、麗子って誰

だっけ?聖って?って感じ。もう、全然記憶にも引っかからなかった^^;

大好きなシリーズなんだけど、雰囲気だけで読んでるところあるからなー(おい)。

理瀬の複雑な生い立ちとか、もう一度最初から読み直さないと駄目ですね。まぁ、

今回はスピンオフ的な作品ばかりで(理瀬も出ては来ますけど)、単独でも十分

楽しめる作品なので、この独特の雰囲気が味わえたから十分満足。一話目の

『水晶の夜、翡翠の朝』なんかは、ミステリとしても素晴らしい出来ですしね。

しかし、理瀬の一族、不要な人間をあっさり殺しすぎて、怖すぎる・・・。親族

同士で殺し合うのが日常って、どうなのよ^^;

でもでも、いいんですっ。これがこのシリーズの醍醐味ですもの。このゴシックな

雰囲気最高。理瀬は相変わらずクールビューティでかっこいいですし。もうちょっと、

理瀬が活躍するお話が読みたかったとは思いますけどもね。

できれば、シリーズの人間関係相関図とか巻末でもいいから入れて欲しいなぁ。

あと、時系列とかも。って、自分で再読しておさらいしろって話ですよね(すみ

ません)。

これから読む人(いるのかなぁ)には、何が何やらって感じでしょうけどね^^;

シリーズファンなら間違いなく楽しめると思います。ヤバい人たちがいっぱい

出て来ます(笑)。

個人的には、恩田作品は文章読んでるだけで満足できちゃう盲目的ファンの為、

どんな作品でも受け入れる用意があるんですが、このシリーズに関してはもはや

偏愛に近いので、客観的に判断出来ないところがなきにしもあらず。耽美とか

ゴシック風の作品が好きな方なら間違いなくハマるシリーズじゃないかな(各

作品のタイトルまでもが美しいのよ!)。

次は理瀬主体の本編をお願いします!

 

 

北村薫「中野のお父さんと五つの謎」(文藝春秋)

中野のお父さんシリーズ第4弾。今回も、文芸雑誌編集者の美希が、仕事先で

出会った本にまつわる数々の謎を、中野にいる元国語教師のお父さんに解決して

もらいます。五作が収録されています。

北村さんらしく、文芸と落語が絡んだお話が多かったですね。一話目は、夏目漱石

にまつわる謎。漱石が<アイ・ラブ・ユー>を『月がきれいですね』と訳した

という逸話は有名だが、それは本当に根拠のあることなのか?二話目は、松本

清張の『点と線』にまつわるもの。列車の時刻表を使ったトリックものだが、

飛行機について警察が考えないのはおかしい。そのことについて当時清張と対談した

誰かが、『手おくれ』と言っていたらしい。その人物とは誰なのか。三話目は、

池波正太郎が書いた落語『白波看板』を圓生が演じた際の謎。なぜか作中でベニヤ

板という文言が出て来る。その当時にはなかったはずのものをなぜ出したのか。

四話目は、久保田万太郎の文章の中に出て来る 「十二煙草入」の謎。落語で

小せんはそれを「折った」と表現している。煙草入を折るとはどういうことなのか。

五話目は、芥川の『羅生門』が漱石の本にあやかって作られた箇所があるという。

一目瞭然のその箇所とはどこなのか。

作家や文芸誌の編集者がこぞって考えても応えの出なかった五つの謎を、話を

聞いただけで鮮やかにあっさり解決してしまう美希のお父さん。相変わらず、

博識で慧眼なところに唸らされました。お父さんが、本にまつわる謎で答え

られないものはないんじゃないかって思ってしまう。しかも、ジャンルは本

だけではないし。落語にも造形が深い。まぁ、それは北村さんご自身が反映

されてるからなのでしょうけど。

有名な漱石が<アイ・ラブ・ユー>を「月がきれいですね」と訳したという

逸話に関する真実には驚かされました。曲がり曲がってそういう逸話に昇華

しちゃったんですかねぇ。某宮家のお嬢様を思い出しましたけど。お相手が漱石

にちなんでその発言したかはわかりませんけども(多分違うよね^^;)。

落語が絡んだお話は、門外漢の自分には少し理解しにくかったですね。ただ、

十二煙草入れの謎に関しては、さらっと真実を言い当てたお父さんに感服。

なるほど、そういうものだったのかーーー!!って感じ。最後に、イラストで

解説があったので、わかりやすかったですし。北村さん、よくこんなこと知って

いたなぁ・・・(すごっ)。

『点と線』に関しては、今回出て来た作品の中で唯一読んでいた作品ですが、

当時は時刻表トリックを追うだけで精一杯で、飛行機のことなんて考えたっけ

なぁ、って感じでした。何せ読んだのは高校生の時でしたからねぇ。当時は

ミステリというジャンルにもそれほどピンと来てませんでしたしね^^;でも、

今読んだら、間違いなく、飛行機で行けるかどうかをまず考えるでしょうね。

作中に出て来た、イラストレーターの和田誠さん(故人)に対する、奥さんの

平野レミさんの言葉がとっても素敵だったな。レミさん、本当に和田さんのことが

大好きだったのですよね。今でもちょくちょくお話に登場しますものね。どの

エピソードも、亡き夫への愛が溢れていて好きです。レミさんのハチャメチャな

料理(でもなぜか絶品)も大好きですけれどね。和田さんが描いた『点と線』の

イラストも、見てみたくなりましたね。

新人編集者の李花ちゃんがいい味出してましたね。素直で勉強熱心で、とっても

良い子。美希とも気が合っている様子なので、今後も良いコンビになりそうです。

 

 

 

 

町田そのこ「夜明けのはざま」(ポプラ社)

町田さん最新作。地方の家族葬専門の葬儀社『芥子実庵』を舞台にした連作短編集。

町田さんって、こういう生と死を扱ったテーマを描くのがお好きですよね。今まで

読んだ限り、ほとんどの登場人物が『大切な人を失った』人ばかりという気がする。

今回もその例に漏れず。何せ、舞台が葬儀会社ですから。みんな、大事な人を

失っている。その死によって、残された人がどう考え、今後どう行きて行くのか、

をテーマにしている分、内容は重め。誰しもが死というものに向き合わなければ

いけない瞬間があるのは間違いない訳で、いろんなことを読者に感じさせる作品

だと思います。昨日まで元気だった人が、いなくなってしまう喪失感や、やりきれ

なさに伴う後悔。大事な人を失った時、それをどう乗り越えて行くのか。親友を

失った葬祭ディレクター、元夫の恋人の葬儀の花祭壇を作ることになった花屋、

かつていじめられた同級生の親の葬儀を担当することになった新入社員、元恋人

の突然の死を知らされたが、束縛の強い夫から葬儀の出席を止められた主婦。

そして、ラスト一作は一話目の主人公が再び登場します。どのお話も、出て来る

脇役キャラに必ず悪意のある人物がいるので、毎回めちゃくちゃムカムカさせられ

ながら読んでました。世の中、こんなに嫌な人間だらけなの?と若干人間不信に

なりそうでした・・・。ただ、一話目と最終話の主人公・真奈の家族(母親と姉)

に関しては、一話目と最終話では大分印象が変わりましたけどね(一話目では、

単なる毒親・毒姉だとしか思えなかった^^;)。今彼があれほど真奈の仕事を

嫌がっていた理由も最終話ではわかりましたし。その人の事情を知ることで、

多少見る目が変わる場合もありました。ただ、大部分は最初の嫌な印象の

ままでしたけどね(真奈の友達・楓子の夫とか義母なんかは最後まで最悪の印象の

ままだった)。真奈の仕事に対する真摯な姿勢は、とても尊敬できるものでした。

それを理解できない彼氏の言動は許しがたいものだったので、二人が最後に

ああいう結論を出したのは、当然の帰結だったのかなと思いましたね。彼氏の

お姉さんがまともま考えの人だったので、もしかしたら弟を説得して、上手く行く

道もあるかもな、と途中では思ったのだけど・・・。

真奈の周囲の人間の、葬儀社で働くということに対する理解のなさに、何度もげんなり

させられました。こういう仕事に就いてくれる人たちがいるから、自分の身内が

亡くなった時にちゃんと見送ってあげられるというのに。なぜ、あんなに見下した

態度が取れるのか、まったく理解不能でした。とても神聖で、大事な職業だと思うの

ですが。昔、友人の親族が亡くなられた時、手伝いを頼まれたことがあり、受付

を担当したことがあります。その時、葬儀会社の従業員の方々の働きを間近で見て、

尊敬の念を抱くことはあっても、見下そうなんて気持ちには全くなれなかった。

みなさん、故人に敬意を払って、神聖な気持ちで参列者が見送れるよう、手を

尽くしておられるのがわかりましたから。

この作品には、価値観の違いがたくさん出て来ます。なぜ自分の考えが理解して

もらえないのか、自分の仕事を理解してもらえないのか。根本的な考え方が

違うと、どれだけ相手に説明しても、わかり合えないんだな、というのがよく

わかって、忸怩たる思いがしました。まぁ、そういう人間とは、考え方が違うと

諦めて、付き合わないのが一番なんでしょうけど・・・それが、親族だったり

配偶者だったりする場合があるから、悲劇なんですよねー・・・。どうしたって、

簡単に切り捨てられるものではないですからね。楓子のケースが一番気の毒だった

かな。親友が亡くなったのに、夫や義母から故人を非難するような罵詈雑言が

飛び出して。ほんと、人間の心があるのか、と言ってやりたくなりましたね。

でも、最後に楓子が下した決断に快哉を叫びたくなりました。よし、よく決意した!

って感じ。目標までの障害は多そうですけど・・・。

二話目の主人公・千和子のケースもイラッとさせられましたけどね。自分と娘を

捨てて逃げたくせに、今さら千和子を頼る元夫にも、何の相談もなしに大学を

辞めて家を出て彼氏を支えると言い放って、やりたい放題の娘にも。母親がどれだけ

苦労して一人娘を育てて来たのか、全くわかってなくて。でも、終盤で、娘が元夫に

対して千和子の為に啖呵を切ったシーンはスカッとしました。なんだ、ほんとは

いい娘なんじゃん、とほっとしましたね。

共感を覚えるところもなくはないけど、それよりも反発を覚えるシーンが多くて、

感情の振り幅がすごかったな。町田さんの作品は、いつもこんな感じ。作品への

没入感があるって意味では、すごい作家だなぁと思いますけどね。

ただ、さすがに毎回このテーマだと、若干食傷気味になって来た感じはあるかなぁ。

『死』を扱うと、それだけで重みのある作品になるのはわかるのだけど・・・

毎回、誰かが死ぬ作品じゃなくてもいいのに、って気持ちにはなるかな。

読み応えのある、良い作品なのは間違いないのだけどね。

次は、もう少し明るめのテーマのものも読んでみたいかな。

 

櫻田智也「蟬かえる」(創元推理文庫)

昆虫マニアの魞沢泉が活躍する連作ミステリー第二弾。前作がなかなか良かったのと、

二作目は前作以上に良作との情報を得ていたので、読むのを楽しみにしていました。

文庫化されたばかりで予約がいなかったので、すぐ回って来てよかったです。

いやー、これは良かったですね。ほんと、前作以上の良作揃いだと思いました。

ミステリ的な質も向上しているのですが、それ以上に、あとがきの法月(綸太郎)

さんもおっしゃっているように、昆虫マニアで探偵役の魞沢のキャラが立っていて、

物語に深みが増したように思います。前作では昆虫好きの変人で、飄々とした

無機質なタイプって印象でしたが、本書に出て来る魞沢は、その飄々としたキャラ

は見た目だけのことで、実はとても情に脆く、他人に優しい性格であることが

伝わってきました。そうした魞沢というキャラクターへの肉付けによって、

ひとつひとつの事件の抒情性がはるかに上がり、余韻の残る作品になっている

ように感じました。

昆虫蘊蓄もうるさいほどではないですし、作品に必要不可欠な要素であるため、昆虫

嫌いの私でもさほど抵抗なく読めましたしね。ミステリ要素に上手く昆虫の性質を当て

はめていて、無理がない。まぁ、映像だったらどうかわからないですけど・・・^^;

作者のレベルが一段階上がった感じがしましたね。本書を読んで、魞沢という

キャラクターがより好きになりました。

 

では、各作品の感想を。

※一部ネタバレ気味感想あります。未読の方はご注意を。

 

『蟬かえる』

蟬を食べるって、クワコ―シリーズ(by奥泉光さん)でクワコ―もやってたなぁ

と思い出しました。香ばしくて美味しいとか言ってたような・・・(おえ)。

16年前に失踪した少女が再び出現した真相は、盲点をついた、とても上手いトリック

だと思いましたね。昆虫食の専門家の鶴宮さんはキャラが立っていて好感持てた

だけに、彼女の正体には驚かされました。昆虫つながりで、またで登場することが

あるといいのだけれど・・・。

 

『コマチグモ』

コマチグモの生態にはゾッとしました。自らを食料として差し出すことで、我が子

を育てる・・・究極の子育てですね・・・。ネグレクトする人間たちにも見習って

欲しいと思ってしまいます。自分が与えた情報が犯罪の引き金になってしまったかも

しれないと悔やむ魞沢の後悔が伝わって来て、やりきれない気持ちになりました。

 

『彼方の甲虫』

ペンションオーナーの丸江ちゃんは、前作でも登場したようですが、読んだの

そんなに前じゃないのにもう忘れてた(こら)。明るい丸江ちゃんと魞沢は

いいコンビですね。魞沢のことを『友人』だと言ってくれたアサル。そのことが、

事件を通して、魞沢の心に深い影を落とすことになったことが悲しかった(その後

の話に言及があるので)。友達のいない魞沢にとって、その言葉は何よりも

嬉しかったんだろうな、と思えて。犯人の身勝手な動機には腹が立って仕方

なかったです。

 

『ホタル計画』

作者のミスリードに引っかかることなく、バッタ君の正体には早い段階で気づいて

しまいました。まぁ、ほとんどの人が気づくと思いますが。時代設定とかの

ヒントもちょいちょい出て来てましたしね。遺伝子組み換えで発光する魚、少し前に

中国かどっかの記事で実際読んだことがあったので、すごくリアルだなぁと思い

ました。世界では倫理に反するこういう研究がいたるところで行われているの

だろうなぁ・・・。魞沢という人間がどのように形成されてきたのか、その片鱗が

少し伺える作品でした。オダマンナ斉藤さんとの関係が良かったです。いまでも

交流はあるのかなぁ。

 

サブサハラの蠅』

こんなものが簡単に検疫を通って日本国内に持ち込まれてしまうなんて・・・

いくら、法に引っかからないからといって。現実にこんなことがまかり通った

としたらと考えるとぞっとします。まぁ、コロナだって海外から持ち込まれた

ものな訳だし、鎖国でもしない限り、常にこういう危険は排除できないとわかって

はいるのですけども。魞沢が計画を止めてくれてよかったです。アサルについて

話す魞沢が切なかった。たった一日の友達。それでも、魞沢にとってはかげがえ

のない人だったんだろうなと思えました。でも、その後悔があるから、今回は

大事な人を失わないで済んだ。魞沢がこれ以上傷つかないで良かったです。