ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

京極夏彦「今昔百鬼拾遺 天狗」(新潮文庫)

京極さんの三社協賛シリーズ最終巻。最後は天狗がテーマ。と言っても、前二作程
テーマの妖怪がフューチャーされた作品でもなかった気がしますけど。事件が
起きる場所が今回は高尾山なので、天狗が出て来るんですね。高尾山は天狗が
祀られている場所として有名なんで。今回、美由紀ちゃんが高尾山で遭難
するという珍事件が起きます。私も高尾山は何度か登ったことがあるけど、
いろんなルートがあって、ルートによってはかなり険しい場所を通る羽目になり、
普通の人でも遭難する場合があるらしいです。まぁ、今回の美由紀ちゃんの
場合、人的に作られた落とし穴に嵌ったせいですし、不可抗力だったとも
云えるのですが・・・。
今回初登場の、代議士の一人娘で生粋のお嬢様、篠村美弥子嬢の友人が
高尾山で行方不明になってしまったことから事件は始まります。二ヶ月が経っても
友人は見つからないままだが、なぜか他の山で発見された別の女性の遺体から、
衣服を始め、友人の遺留品が見つかった。依然見つからない友人を心配した美弥子
さんは、以前お世話になった(?)榎木津に友人を捜してもらうべく事務所を訪れるも、探偵は不在。その時たまたま挨拶がてら事務所を訪れた美由紀ちゃんと知り合い、
なぜか流れで仲良くなり、二人揃って高尾山へ登ることに。友人が消息を絶った
と思しき場所付近まで行った二人だったが、美弥子さんが足を滑らせ、二人一緒に
人工的に作られたと思しき落とし穴に落ち、出られる術もないまま、そのまま日が

落ちてしまう――。
と、絶体絶命のピンチを迎える若い女性二人だったのですけれど、なぜか
二人ともそんなに悲壮感がなくて、のんびり事件についてや天狗の話を
始めたりするところが面白いなぁと思いました。美弥子さんの、生粋のお嬢様
なのに、どこまでもフラットで公平な考え方をする高潔な性格は、
とても好ましく思えました。マイノリティな恋愛に対する偏見のなさにも
感心しましたし。多分、この昭和二十年代の頃なんて、まだまだそういう
セクシャルマイノリティに対する偏見は酷かったと思うのですけれどね。
そういう意味では、時代錯誤とさえいえるほどの男尊女卑の偏見に囚われていた
天津敏子の祖父の言動には、腹が立って仕方がなかったです。昭和の時代に武士の
理を説いたってね。そもそも、アンタ武士じゃないでしょうが!って言いたく
なりましたよ。だから、終盤の美弥子さんの辛辣な言葉や、敦子さんの理性的で
冷静沈着な言葉や、最後の美由紀ちゃんの怒りに駆られた啖呵には、本当に
胸がすっとしました。この女性三人、性格や見た目も全然違うし、思想信条も
全く違っているのに、人としての正しさを持っているという意味では、とても
似ていると思う。多分、この時代に生きるには、ちょっと大変だと思うけれども。
特に、敦子さんと美由紀ちゃんは対照的なキャラクターなのに、とても相性の
いい二人って感じがします。それは、理不尽な相手に対する時の態度の違いでも
明らか。敦子さんは理詰めで論理的に相手を追い詰めるタイプ。美由紀ちゃんは、
何かよくわからなくても、自分が正しいと思ったことを率直に、感情的に
相手にぶつけて糾弾し、相手の心をえぐり出すタイプ。どちらも、言葉が
胸に突き刺さるという意味で、同じくらい相手にダメージを与えるんじゃないかな。
敦子さんはなぜか自己評価がかなり低くて、自分はつまらない人間だとか
嘯いたりするけど、全然つまらない人間じゃないですよね・・・。この
シリーズを通して、私はあっちゃんのことがもっともっと大好きになりましたし、
美由紀ちゃんのキャラも大好きになりました。最後の啖呵、今回も本当に
かっこよかった。その後泣いちゃうところが、15歳の少女っぽくてまた
良かったです。美弥子さんのキャラもとっても気に入ったので、今後は
三人主役のシリーズにしていただきたいくらい。美弥子さんのおかまの
友達の金ちゃんのキャラも大好きでした。最後、刑事の青木さんの祖父に
対する毅然とした態度もかっこよかったな。青木さん、見た目はこけし
なんだけどね(笑)。
事件のからくりも良く出来ていたと思います。全く別の山で発見された女性が、
美弥子さんの友人の洋服を来ていた理由や、高尾山のふもとで見つかった
お遍路さん風の衣装一式の理由、茶店で目撃された、人を背負った人物の謎
その他もろもろ――すべてが一つに繋がって、なるほど、と思えました。
事件を仕組んだ人物の身勝手な犯行動機には腸が煮えくり返りそうになりました。
でも、先に述べたように、私の怒りをそのまま三人の女性が糾弾してくれたから。
胸がすく思いで読み終えられました。
相変わらずメインの京極堂や榎さんは出て来ないけど、女性メインのこっちの
シリーズも、三作通してとても楽しめました。もっともっと書いて頂きたいなぁ。
まぁ、その前に、本編をお願いしたいけれども。