ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

道尾秀介「いけない」(文藝春秋)

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道尾さん、話題の最新作。テレビで紹介されたらしく(多分ブランチ)、やたらに

予約数が多くて、結構早めに予約したのに、随分待たされました。以前に読んだ

東京創元社のミステリフロンティアから出た『蝦蟇倉市事件』の1に収録された

『弓投げの崖を見てはいけない』を再収録しつつ、同じ蝦蟇倉市(+隣市の白沢市)

を舞台にした他三編を収録した中編集。登場人物等、それぞれのお話でリンクは

していますが、一編ごとに独立したお話なので、単独でも楽しめます。ラスト1

ページに絵が収録されていて、そこで物語の真相が明らかになるという面白い

趣向のミステリー。とはいえ、この手法は蘇部健一氏がすでに試みているので、

こんなに話題になって売れているのを知ったら、ソブケンがお株を奪われた形に

なって悔しい思いをしているのではないかと、ちょっと気をもんでしまったり

するのですけれど(笑)。

しかし、その問題の絵なんですが、ぱっと見ただけですぐに『おお!』って感じに

なるかというとそうでもなく(いや、私が鈍いだけかもしれないですけども)、

しばらくじーっと眺めてしばし黙考し、やっと気がついて『あっ、そういう

ことか!』ってわかるって感じのものが多かった。冒頭の弓投げのやつなんか、

私は再読だったから理解出来たけど、初読の方は意味がわからなかったりする

のではないかしら(私が最初読んだ時そうだったんで^^;普通にさらっと

読んでしまったからね)。道尾さんによるヒントがカバー折返しに書かれて

いるのがせめてもの救いですかね。ここまでしっかり騙しの手法を使った道尾

ミステリは久しぶりに読んだので、ワクワクしましたね~。初期の頃を思い出し

ました。ただ、全部の伏線をしっかり自分の中で消化出来たかというと・・・

全くもって、自信はないです。ネタバレサイトがあるらしいんで、後で読みに

行って答え合わせして来ようと思いますけれども。

 

では、各作品の感想を。ネタバレ気味かもしれません。未読の方はご注意を。

 

第一章『弓投げの崖を見てはいけない』

これはほんとに超絶技巧のミステリーだと思いますね。蝦蟇倉市事件に収録された

作品から、少し修正が加えられています(あれ、と思ったんで、図書館で確認して

来たので間違いない筈)。

道尾さんのヒントは『死んだのは誰?』

蝦蟇倉市事件の作品よりも、ラストでひき逃げにあった人物の特定がしやすいように

書き直されていました。車に飛び込んで来た人物が『フロントガラスの右側から』

現れた、という部分と、その人物が片手に持っていた物が『音もなく落下した』

という部分によって、ラストの地図を鑑みれば、すぐに答えが出て来るように

なっていますね。蝦蟇倉市事件の時には、当該人物が持っていた物は違うもの

であり、その物は音を立てて落下したという表記になっていました(手元に

本がないので細かい表現がどうだったかはわかりませんが)。だから、その

落ちた物はいくつかの選択肢があったと記憶しています。それゆえに、道尾さんの

コメントでも、導き出される答えが真実とも限らない、みたいな感じだった覚えが。

今回は、明らかに一人の人物を指し示していると思います。ひき逃げに遭った

人物の候補は三人いますが、音もなく落下する物を持っていたのは、一人しか

いませんからね。ただ、その後の作品を読んで行くだけでも、特定は出来ると

思いますが(明らかに一人、不自然に出て来なくなる人物がいます)。個人的には、

一番残念な結末だったんですけどね・・・。

 

第二章『その話を聞かせてはいけない』

万引をしようと入った文房具店で、主人公の少年は老婆が殺されている現場

を目撃してしまう。しかし、翌日同じ文房具店に行ってみると、死んだ筈の老婆が

生きていた。当の老婆に聞いても、体調不良で寝ていただけだと一笑されてしまう。

少年は幻を見ていたのか――。

第二章のヒントは、『なぜ死んだの?』。これは、ラストを受けてのものですよね。

殺人事件の方ではなく。いや、そっちもかな。なぜ最後に主人公は助かったのか。

主人公が見ていた白い袖の幻影の正体は何だったのか。ラストの絵に答えがありました。最初全然ピンと来なかったんですけどね^^;カラーだったらすぐにわかった

でしょうけどねぇ。 

少年が主人公ですし、白い袖の存在が薄気味悪い印象を作り出していたりと、

『向日葵の咲かない夏』を彷彿とさせる雰囲気の作品。道尾さんらしさが出ている

一作だと思います。

これ、あとから他の方のネタバレサイトを覗いていたら、私が思っていた以上に

複雑な作品だったみたいで。全然読み取れてなかった^^;山内はとんでもない

ヤツだったんですね・・・。こんな小学生嫌だよ(><)。

 

第三章『絵の謎に気づいてはいけない』

十王還命会の幹部の女が殺された。被害者は、6年前にゆかり荘というアパートの

前でひき逃げを起こした車に同乗していた。刑事の竹梨は同僚と共に捜査に向かう

が――。

ラストで、手帳に描かれていた絵の本当の意味に気づいて戦慄しました。道尾さんの

ヒントは『罪は誰のもの?』。ラストの絵を見た後で、作中に出て来た絵をもう一度

見直すと、犯人が明らかになりますね。咄嗟に良くこんな事考えついたなぁ。

これはラストの絵が一番わかりやすい作品だったかも。犯人の本性に辟易。子供の

頃から培ったものだったようですけどね・・・。

 

第四章『街の平和を信じてはいけない』

これは今までのお話を読んだ上でのそれぞの作品の後日談みたいなもの。全部を

読んだ上で読むことをおすすめします(まぁ、これから読む人なんかいるわけ

ないけれど)。いろいろネタバレしているしね。

道尾さんのヒントは『・・・・・・わかった?』

うーん。全部が全部わかったとは言い難いなぁ。何度も再読しないと、すべての謎は

すっきりしないのかも。それはそれでいいとも思うしね。

竹梨の手紙と安見の手紙がああいう形で交錯し、結局は誰もその二つの手紙を読む

ことがなかったことは、良かったのか、悪かったのか。ただ、ラストの絵に関して

は、ある人物の、手紙を書いた人物への最大の愛情だと思いました。救いのない

作品ばかりで気が滅入りそうだったけど、最後の最後に、救いがあったところが

良かった。道尾さんが今回の作品で描いた、唯一の光かもしれません。

二章に出て来たカーと山内が親友になっているところは微笑ましいことだと

思って読んでいたのだけど(カーは友達がいなくて孤独だったのだし)、他の方の

感想読んでたら、山内のしたことを考えると、カーが山内を友人にするのは決して

良いことばかりではないことに気づきました。カーにとっては、自分を助けてくれた

かけがえのない友達なのかもしれないけれど、山内にとっては・・・。山内が

この先どんな大人になるのか、それを考えるとちょっと暗澹たる気持ちになって

しまう。カーが巻き込まれないと良いけれど。

 

 

これは今年のミステリランキングを騒がせそうな作品ですね。久しぶりに、道尾

さんの直球のドンデン返しミステリが読めて嬉しかったです。とても面白かった。

もっとこういうの書いて欲しいなぁ。