ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

「蝦蟇倉市事件 1」/東京創元社刊

イメージ 1

「蝦蟇倉市事件 1」。

海と山に囲まれた風光明媚な蝦蟇倉市は、年間平均十五件もの不可能犯罪が起こる。その為、
2002年に市長の発案の元、蝦蟇倉警察署内の捜査一課に不可能犯罪係という特殊部署が
設けられた程だ。邸宅、海岸、デパート、球場、路上・・・あらゆる場所が不可能犯罪の
現場となっている。不可能犯罪の街・蝦蟇倉を舞台に繰り広げられる、1970年代の作家
による豪華競作アンソロジー。寄稿作家:伊坂幸太郎大山誠一郎、伯方雪日、福田栄一
道尾秀介。ミステリフロンティアシリーズ。


道尾さんのHPで出ると知ってとても楽しみにしていた競作アンソロジー。架空の都市を舞台に
したアンソロジーというと、我孫子さんや有栖川さんが参加していたまほろ市の文庫シリーズ
を思い出すのですが、あれよりもさらに不穏さが感じられる土地や名所の名前や不可能犯罪が
異様に多いという設定など、より架空であるという印象が強い感じがします。
寄稿作家の名前を見ただけでも「読みたい!」と思わせられます。何せ道尾さんに伊坂さんに
福田さんですからね~。大山さんも同じミステリフロンティアの『アルファベット・パズラーズ』
が大好きな作品なので、久々に読めるのが楽しみでした。伯方さんだけは『誰もわたしは倒せない』
でプロレスミステリというジャンルで引いてしまった所がありましたが、あれもミステリとしては
結構面白かったですし。そこそこ安心して読めそうだな~という印象の元読み始めました。
結果として、どれもなかなか面白く読めました。ただ、それぞれのリンクはそれ程強くなく、
一部で登場人物が重複している位。同じ蝦蟇倉市で起きる事件を寄せ集めたような印象でした。
一番リンクを意識していたのは伊坂さんの作品かなぁ。一応、全作品何らかの形で他の作品との
繋がりはありましたけれど。全体的に、何らかの形で一つ共通して繋がる事件とかがあったら
もっと面白かった気もしますが。そこまでするのは全員で執筆会議とかしないと無理か(苦笑)。
でも、こういう企画はやっぱり楽しいですね。それぞれの作家の特色が出ていて面白かったです。
ただ、ラスト1ページの執筆者コメントを読んで、頭が大混乱状態になり、作品を何度も読み返す
羽目に陥るのですが・・・。



以下、各作品の短評。

道尾秀介『弓投げの崖を見てはいけない』
私を混乱に陥らせた問題作(苦笑)。いや、最初読んだ時も道尾さんらしくて巧いなぁと感心
しきりだったのです。ラストは救いがないなーとは思ったけれど。でも、このラストが問題。
最初読んだ時は、何の疑問も挟まず、額面通りに受け取っていました。でも、↑で書きました
通り、ラストの道尾さんのコメントを読んで、全く違う解釈が必要であることに気づき、そこ
から何度も何度も本文を読み返し、蝦蟇倉市の地図とにらめっこし、ネットで書評を探し・・・
PCのメモ機能で本文を拾いながら、なんとか自分なりの解答を出せた次第(大部分ネットの
ネタバレを参照したとも云えますが^^;)。ラストについては、ネタバレ表記で後述します。
この作品を読んだ方のみ、気になる方はお読み頂ければ幸いです。

伊坂幸太郎『浜田青年ホントスカ』
さすがに読ませてくれますね。スーパーの駐車場で相談屋をしている稲垣さんと浜田青年の
会話が相変わらず洒脱で、引き込まれます。浜田青年の「本当っすか」という口癖がラストで全く
違う意味になるところも巧い。そして、二人の正体や顛末にも驚かされました。道尾さんの
作品とリンクしているところも企画の主旨に合っていて、ご自分から「参加させて下さい」
と願い出たというだけの意欲を感じる作品。良作。

大山誠一郎『不可能犯罪係自身の事件』
一番直球の本格ミステリですね。なかなかトリッキーで面白かったのですが、ちょっと謎解きは
強引だったかなぁ。真相については気になる点がありますので、そこもネタバレ後述します。
それにしても、殺人と真知博士を陥れた理由には仰け反りました。おいおい、こんな理由で
殺人を犯すやつがいるのかい?とツッコミたくなること必死。前代未聞なのは間違いないところ
でしょう。でも、蝦蟇倉市ならありうるのかも・・・。

福田栄一『大黒天』
ミステリとしては相変わらずゆるい。先の展開(特に、大黒様が盗まれた理由とか)は読めて
しまうのだけど、亡くなった祖父の名誉と亡き祖父の和菓子屋を一人で守ろうと頑張る祖母の為に
奔走する靖美と輝之姉弟のキャラは良かったです。ミステリとしての読みどころはほとんど
ありませんが、ほっこり読める一作。一番驚いたのは靖美の職業と、彼女の上司。上司は他作品
のある人物。ただ、この人物であったということは・・・この作品の時系列が気になりました。

伯方雪日『Gカップ・フェイント』
読み始めて、「ま、また格闘技?」と、かなり引きました。『誰もわたしを倒せない』の時も
格闘技に興味がなかったから魅力半減って感じだったんですよね~^^;でも、謎解きは結構
ぶっ飛んでて面白かった。完全にバカミスですけど。そんなアホな、と思うのですが、まぁ、
蝦蟇倉市だからね・・・(苦笑)。主人公の凪の父親は不可能犯罪係の刑事。ちょうどこの
事件の最中に大山さんの作品に出て来た真知博士が警察に殺人の罪で勾留されているという設定に
なっています。父親の適当な感じのキャラがなかなか面白かった。














では、以下、道尾・大山作品の大々的なネタバレとなっております。未読の方はご注意下さい。

















道尾さんのラストの『人影』についてですが。

まず、道尾さんからのヒントをおさらいすると、「囃子台の進行方向」「弓子の部屋の位置」
「アパートの外階段の位置」の三つ。本文にも地図は挿入されていますが、東京創元社
HPの蝦蟇倉市地図を参照して頂けるとわかりやすいかも。

弓子の部屋はゆかり荘の外階段と反対側の二階の一番右端。問題の事故が起きたのは、
弓子の部屋の前の外廊下の柵の真下。ということは、ドアを出て外階段を通って事故現場である
弓投げの崖を目指して北上するつもりの邦夫が弓子の部屋の真下を通ることはないので、邦夫では
ありえない。

さらに、囃子台は夕方六時半から一時間かけて商店街の南端から北端へ移動する(p65)を
前提にすると、

森野雅也は囃子台を追い越すように弓子夫妻のいるゆかり荘を目指していることから(P69)、
南から北に移動した、つまり、商店街の北側からアパートを目指している。そちら側から
進めばアパートの外階段は弓子の部屋より手前にあるのだから、森野もまた弓子の部屋の
真下で事故に遭うことはあり得ない。ちなみに、東京創元社のHPで森野が弟に向けて携帯で
電話をかけた時間は七時二十五分ではなく、六時五十八分であるとの訂正が入ってます。
これはかなり問題アリの誤植ですよねぇ・・・。訂正がなければ、この時点でラストの
人物が森野であるという選択肢は消える訳ですから(事故が起きたのは七時八分)。

そして、隈島は囃子台の動きと逆行するようにゆかり荘を目指している(p77)から、商店街
を北から南に移動、つまり商店街の南側からアパートを目指している、つまり、弓子の部屋の
真下の道路で事故に遭う可能性のある唯一の人物。
という訳で、宮下志穂の乗ったヴァンが跳ねたのは隈島で、手にしていたものは携帯電話
ではないでしょうか。
いやー、ここまでたどり着くのに何度本文を読み返したことか・・・(アホすぎ^^;;)。
最初は完全に事故に遭ったのは邦夫だと思ってましたよ・・・。
でも、これが真相だとすると、邦夫が事故に遭ったよりも更に救いがないですよね。邦夫はまだ
人を殺したという事実があるから自業自得、因果応報という考え方も出来るけれど、隈島は
純粋に弓子のことを思って行動していた、この作品では唯一といってもいいくらいまともな人物。
そんな人が何故・・・というやるせない気持ちになります。そして、この事実を踏まえると、
福田さんの事件はこの作品よりも前の出来事ということになる。これより後の時系列だとすると、
隈島は事故に遭ったものの、奇跡的に助かった・・・という救いのある解釈も出来るのですが。
どうなんでしょうか。


あと、大山さんの真相についてですが。野球のボールが胸に当たったとしたら、絶対その痕跡は
青あざとか何らかの形が残る筈。司法解剖の際にその点に気付かれないのはどう考えてもおかしい
と思うのですが。その点はちょっと腑に落ちなかったです。









世間様の評価はどうやら2の方が高いみたいですね。これも十分愉しめましたが、2への期待が
俄然高まります。もちろん予約中。6人待ちだからしばらくかかりそうかな。