ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

米澤穂信「Iの悲劇」(文藝春秋)

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米澤さんの最新作。4つの自治体が合体し、人工六万強の都市となった南はかま市。

その中で、廃村となった箕石を再生させようというプロジェクトが立ち上げられた。

六年前に無人となった箕石に新しい定住者を募るという、いわゆるIターンの支援と

推進だ。

南はかま市間野出張所の職員である万願寺は、課長の西野と、後輩の観山と共に、

このIターンプロジェクトの担当になった。この部署は、親しみやすさから『甦り課』

と名付けられた。応募は南はかま市のサイトから応募用紙をダウンロードして

必要事項を記入し、書留(あるいは簡易書留)で郵送のみ受け付けるというもの。

応募はそれなりにあり、甦り課は、少しづつ移住者を受け入れて行くのだが、

なぜか移住する人がみな問題ばかり起こして去って行く羽目になってしまう。

この土地は呪われてでもいるのだろうか――。責任感もやる気もない上司と、

新人で学生気分の観山に挟まれ、問題山積みの甦り課で孤軍奮闘する万願寺

だったが――。

人がいなくなった限界集落に、もう一度居住者を呼び戻し、かつての村の活気

を取り戻そうとするIターン支援プロジェクトをめぐる連作ミステリー。

一作ごとに、プロジェクトに応募してきたいろんな居住者がトラブルを起こし、

最終的には去って行く過程を描いています。人寂れた山里に住みたいと希望

する人はどこにでもそれなりにいるとは思うので、実際こういうプロジェクトで

住民を呼び込もうと頑張ってる自治体は結構あるのではないかと思います。

なかなか面白い主題に目をつけたなぁという感じ。

ただ、これだけ応募してくる人がことごとく何らかのトラブルを起こすってのは、

さすがにちょっとご都合主義的過ぎないか?と、途中から食傷気味で読んで

いたところはありました。移住第一号の二家族間の騒音トラブルに関しては、

どこの自治体でもありそうで、リアルではありましたけど。我が家のお隣さんも、

数年前までは毎年自宅の駐車場(これが我が家の真ん前)で大勢の人を呼んで

お昼から夜8時くらいまでバーベキューパーティとか定期的にやってましたしね

(年に数回レベルなんで、まぁいいかって感じに捉えてましたけど。これが

毎日だったら、さすがに苦情言っていたかも^^;最近は子供も大きくなった

せいか、全くやらなくなってほっとしていますが)。

でも、二章の養鯉盗難、三章の子供の行方不明、四章の秋祭りでの毒キノコ

食中毒騒ぎ、六章の円空仏をめぐる騒動まで行くと、さすがに重なり過ぎ

じゃないかと。

そう、思った訳なのですけど。

最終話を読んで、その不自然さ自体が、米澤さんの仕掛けだったのだと驚かされ

ました。一話目の住民トラブルの際、最終的にトラブルの原因を究明したのが

思わぬ人物で、面食らわされていたのですけど。その人物に対して、良い印象が

全くなかったんで。え、探偵役はこの人になるの?みたいな。その後は、

万願寺が解決したり、その人物が解決したりと定着しなかったけれど。その

理由も、ラストできちんと明らかになります。その人物の、トラブル解決の

手腕の鮮やかさには感心していただけに、ラストの思惑を知って、がっかり

した気持ちが大きかったです。万願寺がただただ、可哀想だった。上昇志向が

強く、甦り課にそれほど思い入れがあるようには思えなかったけど、移住民

に対して真摯に向き合って、箕石に定住して欲しいという思いは本物なのが

わかっていたから。

プロローグや、応募してきた居住者たちがことごとく問題起こして去って

行くところから、もう少しおどろおどろしい本格テイストになっていくのかと

思ったのですが、意外な展開に驚かされました。なるほど、こういうことが

書きたかったのか、と目から鱗の思いがしましたね。

市長の、寂れた限界集落に人を呼び込んで自治体の活性化を図る、という目論見

自体は悪いものではないと思うけど、思いつきだけであとは末端の市役所職員

たちに丸投げっていう、悪しき役人体質には辟易しました。結局、苦労するのは

末節で働いている人達なんですよね。これは、どこの自治体でも(というか職場

ならどこでも?)大なり小なりあることなのかもしれませんけどね。

居住してきた住民たちは、それなりに山里暮らしをしたい理由があって応募

して来た訳で、結果として自治体間の陰謀の手駒にされただけだったのが

可哀想に思えました。トラブルを起こしたこと自体は自業自得ではありました

けどね。

一つ腑に落ちなかったのは、五章目の扱い。この作品だけ、新たな居住者

とのトラブルのお話ではなく万願寺と彼の弟との確執の話で終始している。

ひとつ考えられるのは、終章を受けて、万願寺が今後どうするかの伏線が

この五章なのかな、と。結局、万願寺は南はかま市を捨てられないのじゃ

ないだろうか。終章のラスト一行が意味深ではあるけれど。うーん。

彼の今後の決断が気になりました。