ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

道尾秀介/「光媒の花」/集英社刊

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道尾秀介さんの「光媒の花」。

認知症の母の世話をしながら判子屋を営む遠沢は、ある日、母親が描いた絵を見て遠い過去の
記憶を思い出す。三十年前、父は自ら命を断った。三十年に一度咲くという笹の花が咲いた
翌日に。あの笹の花が咲いた日、母が見たものとは一体何だったのか――(「隠れ鬼」)。
著者渾身の連作群像劇。


道尾さんの新刊。今日引きとってきて、読みかけの本をうっちゃって即行で読み始めたら
あっという間に読み終えてしまいました。ページ数が少ないし文章量も多くないけれど、
とても濃密な物語がそこには集まっていて、読み終えてしばし余韻に浸ってしまいました。
前の作品の脇役が次の作品の主役になるという、登場人物のバトンタッチ方式で物語は
進んで行きます。それぞれのお話は単独で読めるものですが、少しづつリンクがあり、
ラストの作品では冒頭の作品に繋がるような円環形式になっていて、連作短編集として
非常に纏まりのある構成になっています。道尾さんの技巧力の賜物ですね。こういう
連作集は非常に好み。いつもの道尾さんのような派手などんでん返しのある作品は
ありませんが、人間の感情の機微をリアルに描いた人間ドラマとして非常に読ませる
作品に仕上がっていると思います。もちろん個人的には道尾さんにはどんでん返しの
ミステリを書いて欲しいと思ってしまうのだけど、この作品に関してはそれがなくても
十二分に道尾さんの巧さが感じられる作品だと思いました。すべての作品に共通して出て来て、
すべての人物の物語を見守る『白い蝶』の存在が効いてますね。人間の光の部分も闇の部分も
すべてを見届けながら、白い蝶は何を思うのか。光を媒介にして、また違う人生をみるべく
彼方へと飛んで行くのでしょう。
前半三作は重くやるせない結末、後半三作は優しさと救いが感じられる結末で、光と影の
バランスもいいですね。道尾さん、本当に一作ごとに素晴らしい作家になっていると感じます。
ほんとに、ついてきて良かったよ。これ、また直木賞候補になるんじゃないかな。なんとなく、
狙っているような気がしないでもないぞ・・・(ミステリを極力排除した辺り、特に・・・考え
すぎ?^^;)。



以下、各作品の感想。

第一章 隠れ鬼
展開は見えやすいけれど、三十年に一度咲くという『笹の花』が映像美を掻き立てて、効果的。
女の死の真相に息を飲みました。直前の描写からてっきりあっちの人が犯人かと・・・一番
ミステリっぽい作品かな?ラストは、認知症で年老いた母を抱えて孤独に暮らす中年男の悲哀が
感じられて、なんとも物悲しくやるせない気持ちになりました。

第二章 虫送り
虫捕りに行った幼い兄妹に起こった悲劇。取り返しのつかないことをしてしまった兄妹の驚愕と
恐れと後悔。胸が痛みました。途中の容赦ない展開に読んでいて気が滅入りましたが、幼い兄妹の
健気な兄妹愛が感じられる作品。

第三章 冬の蝶
二章で幼い兄妹に厳しい現実をつきつけた男が主人公。男がしたことは許しがたい行為ですね。
幼い兄妹に一生消えない後悔と傷を押し付け罪を逃れようとするなんて。サチの身の上に関して
は予想通りの展開で、もう少しひねりが欲しかったかな。袋の外側と内側~のくだりは、『球体の
蛇』のスノードームのことを思い出しました。幸せな世界を袋に閉じ込め、その中で生きていたサチ。
それを破った男。サチの結末も含め、どこまでも救いがないな、と思いました。

第四章 春の蝶
三章に出て来たサチが主人公。そして、ある出来事から耳が聞こえなくなってしまった少女と、
彼女を慈しむ祖父の物語。娘と孫を想う祖父の優しい目線に、温かい気持ちになりました。
それまで読んできた作品が残酷な結末ばかりだったので、救いがあってほっとしました。少女が
車に轢かれそうになるシーンには息が止まりましたが。それにしても道尾さんって、身体に障害が
ある人物を登場させることが多いですね。今度は耳かーと思いました^^;

第五章 風媒花
これも姉と弟の関係がとてもいいですね。弟を想う姉の気持ち、姉を想う弟の気持ち、母を想う
姉と弟の気持ち。家族へのいろいろな想いが伝わって来る作品でした。紫陽花とかたつむりの
使われ方が秀逸。私も虫媒花よりは風媒花の方がいいと思うな。着飾って綺麗にしなくても
自然のままでいられる方が。地味でも、きっと美しい。

第六章 遠い光
第五章に出て来た姉が主人公。教師である彼女が、心を閉ざした教え子とある出来事をきっかけに、
少しづつ心を通わせ合う過程がいいですね。二章で出て来た少年が出て来て、幼い兄妹の心の
闇が晴れたことがわかってほっとしました。そして、一章の判子屋さんも再登場。彼の心の闇にも
ほんの少しだけ光が指します。前半三作に救いがないと思っていたけれど、こうして一作通して
読むと、ちゃんとどの人物にも明るい光が見える結末になっている。素晴らしい構成に唸らされ
ました。






いやはや。堪能しました。素晴らしい作品集です。また、装幀がため息が出るくらい美しい。
作品の端麗な世界観と装幀が見事にベストマッチしてますね。しばし眺めてウットリしていたのでした。
前作『球体の蛇』でちょっとテンション下がった所があったのですが、これでまた道尾熱が
俄然再燃。やっぱり好きだーーー道尾さん!!これからもついて行きます!!