ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

小川糸「食堂かたつむり」(ポプラ文庫)

f:id:belarbre820:20200504193046j:plain

自宅積ん読本棚からまた一冊。実は何年も前に義姉から借りてそのままにして

しまっていた作品(ごめんなさい・・・)。今年のお正月に会った時、最近

義姉が読んですごく面白かったと言っていた作品が同じ小川さんの『ライオンの

おやつ』だったのを思い出して、読んでみたくなりました(『ライオン~』は

本屋大賞候補になったこともあって、予約数がすごくて当分借りられそうにない)。

本書は映画化もされたんですよね。読んでる時は誰が主人公を演じたのかとか

知らなかったので、なんとなく深津絵里さんをイメージして読んでました(多分

CMのキッチンカーの女店主のイメージが強いせいでしょう)。実際は柴咲コウ

さんが演じてらっしゃったらしい。まぁ、原作も二十代の設定ですし、深津

さんでは年齢も合わないのだけれど。

もっとほのぼのした作品を想像していたのだけど、意外と内容はシビアで、

食肉を捌くエグい描写なんかもありました。

そもそも、主人公はのっけから付き合っていた恋人に裏切られて、所持金も

持ち物も、ほぼすべてが持ち去られてしまうという絶望のシーンから始まるし。

でも、その時点で、私はなぜ主人公がもっと裏切った恋人に対して憤慨しないのか

謎だったんですけど。ただ、自分の元から去っただけじゃなくて、何から何まで

持ち去られたのだから、もっと怒るか、警察に届けるかした方がいいと思ったの

ですけどね。一緒にお店を出すことを夢見てこつこつと貯めて来た貯金も、

大事にしていたキッチン道具もすべて持って行かれてしまったのに。挙句の果てに、

ショックで声までも失われたというのに!私だったら、怒りと絶望でわれを忘れ

るに違いない。でも、その後も、元恋人を思い出すシーンが出て来ても、怒りは

なく、ただ悲しみの感情しか出て来ないし。こういう人もいるのかなぁと思いは

したものの、ちょっと自分には共感出来なかった。結局、その元恋人がその後

どうしてるかも一切出て来ないので、彼がどんな思いで、主人公倫子の元を

去って行ったのかはわからないまま。そこはちょっと消化不良だった。

所持金もなく帰る家もなくなった倫子が、実家に帰って食堂を始めて以降は

素直に楽しく読めました。母親との関係はかなり不思議でしたが。母親自身も

かなりぶっとんだ性格ですし。娘が失恋でボロボロになって帰って来た割に、

あまり親身になってあげないし。なんか、ドライな親子関係だなぁと思って

いたのですが・・・終盤に明かされた、母親の本心には胸を打たれました。

本当は、ずっと倫子に帰って来て欲しかったんだろうな。あんな状態での帰郷

だったけど、倫子にとっても母親にとっても、一番いいタイミングだったんですね。

そういう意味では、裏切った恋人に感謝するべきなのかも(癪に障るけどさ)。

倫子の料理はどれもかなり斬新で、味のイメージが全然わかなかったです。

ザクロのカレーって、一体どんな味なんだろう。酸味があるのかなぁ。

ジュテームスープは、毎回とても美味しそうでした。いろんな季節の野菜をぶち

込めばいいって意味では、誰にでも作れそうな感じもしますけど。でも、やっぱり

倫子が作るからこそ、魔法のスープになるんだろうな。

フルーツサンドを作ってあげた男の客がしたことは、絶対に許しがたかったけど。

パン屋の風上にも置けないやつだと思いました。こんなケースがあるから、

飲食店経営は難しい。大部分は良いお客さんだろうけど、こういう、お店に対して

悪意を持った客も必ずいるからね。

倫子のお料理は他にないアイデアがあって、どれも美味しそうでした。いろんな

修行をして、いろんな料理を食べたからこそ、こういう閃きがあるんだろうな。

食堂でいろんなお客さんに倫子の料理を振る舞うくだりは面白く読んでいたの

ですけど、もう一つ引っかかったのは、母親の飼育している豚のエルメスのくだり。

倫子が実家で暮らすのと引き換えにエルメスのお世話を担うことになって、

甲斐甲斐しくお世話する姿に微笑ましい気持ちになっていたからこそ、あの

展開にはショックが大きかった。確かに、そもそもこの豚の役割を考えると、

当然の展開とも云えるのかもしれない。それでも、エルメスが倫子に懐いて

行く様子が伺えていただけに、まさかの展開についていけなかった。母親も、

なんでそんな要求するかなぁ。倫子に託せばいいだけじゃないの?って思って

しまった。作者が伝えたかったことは、十分わかるんです。そもそも、こういう

ことなんだってことは。頭では理解できるけど、自分だったら絶対ムリだな、と

思いました。そして、一番悲しかったのは、そうやってお世話してきた倫子が、

後日エルメスのことを考えた時、悲しみはないと言い切っていたことです。

多分、そう言い切れるのは、倫子が根っからの料理人だからなんでしょうけどね。

概ねは楽しめたのだけど、一部ひっかかる部分もあって、手放しに褒められる

作品とも言いかねるって感じだったかな。他の作品がどんな感じなのかは

ちょっと気になります。『ライオン~』も、ほとぼりが冷めた頃に読めたら

いいな。