ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

朝井リョウ「発注いただきました!」(集英社)

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デビューから十周年の間に、著者がいろんな企業から受けた原稿依頼作品を一冊に

まとめたもの。森永製菓、アサヒビールJT、各新聞社や各出版社、JRA...etc。

その企業ならではのシチュエーションや細かい要素を入れて欲しい等の依頼に、

朝井さんはどう応えて来たのか――その軌跡を辿る一冊。

メーカーからの依頼小説は、そのメーカーにまつわる商品を入れて作品を書いて

欲しい等のしばりがあって、なかなか大変そうでしたが、どれもさらりと上手く

作品に溶け込ませて読ませる小説に仕立てていると思いました。いろんな企業

から原稿を受けていて、きっと依頼が来たらどんなに忙しくても断らないんだろう

なーと思いましたね。なんか、各作品の後についているあとがき読んでると、

自虐とか自省の言葉が必ず出て来るんですもの。真面目で謙虚な人柄が滲み

出ているような感じがして好感持てました。

小説とエッセイ合わせて20作収録されていて、ページ数も少ないものが多いです。

短編っていうより掌編に近いものの方が多いかも?その少ないページ数で企業

からのしばり要素を入れつつ、印象に残る作品を書かなきゃいけないって、結構

大変なんじゃないかなぁ。でも、朝井さんは器用にそれに応えていると思いました。

では、印象に残った作品の感想をいくつか。

サッポロビールからの依頼で書いた『あの日のダイアル

エーデルピルスというビール名を入れて欲しいというのが要望。エーデルピルスの

3度注ぎという特性と『果報は寝て待て』の精神を結びつけたところがなかなか

上手いな、と思いました。

アサヒビールからの依頼で書いた四作のうちの一作『いよはもう、28なのに』

大手玩具メーカーに勤める28歳の伊予壮汰が主人公。確かに、名字の伊予も

名前みたいだから、名前の方を忘れられても仕方ないかなぁ。同じ職場の沙織

との関係がいい感じでした。沙織が飲み会の席でビールのラベルを見てポツリと

漏らした『あと一文字云々』の謎の真相には、拍子抜け。でも、そこでその名前

を思い出した沙織さんの想いにキュンとしました。

朝日新聞出版からの依頼『“20“にまつわる短編』で書いた『清水課長の二重線』

20にまつわる短編という依頼で、二重線を出して来たところが面白いですね。

朝井さんは自虐されていましたけど、そこをつけばさすがに他の方とは被らない

でしょうし、十分意表をついていたのではないかと。清水課長のように、新人

の時から細かく指導してもらえるのは、多分すごくありがたいことですね。

細かくて鬱陶しいと感じる場合も多いだろうけれど。それがわかっただけでも、

主人公は成長したと云えるんじゃないかな。

集英社からの依頼『こちら葛飾区亀有公園前派出所』と『チア男子!!』との

コラボ小説『こちら命志院大学男子チアリーディング部』

こち亀も朝井さんの『チア男子!!』も読んでないのですが、両者の世界観は

なんとなくわかるので、すごく読んでいて楽しかったです。こち亀両さん

出て来るまでコラボ小説だったことを忘れて読んでたんですけど・・・両さん

出て来て一気に世界がこち亀色になりましたね。両さんのチアシーン面白すぎ。

しかし、両さんってほんとに警官やりながら寿司職人やってるんですか?そんな

副業許されるの?これはこの世界だけの話???とハテナがいっぱいでした。

まぁ、そんなことはこの世界観ではツッコんじゃいけないんだろうな。朝井さんの

『チア男子!!』の本編の方もちゃんと読んでみたくなりました。

資生堂からの依頼『「○○物語」というタイトルの小説』『きっとあなたも騙される、

告白の物語』。

確かにシノちゃんには騙されました。ミステリーでは割とよくある手法ですが、

朝井さんがこういうミステリー的な小説を書かれるとは意外でした。シノちゃんが

あげた小瓶の中身の真相には唖然。ひ、ひどい。

集英社からの依頼『十周年記念本を成立させるための“受賞“をテーマにした新作』

『贋作』

国民栄誉賞を受賞した書道家に贈る記念品の硯の発注を受けた硯工房を営む夫婦

の物語。

最後のオチにはがっくり。イケメン書道家に熱を上げて、自分の身を削ってまで

作った硯がああいう扱いを受けて、奥さんは確かに可哀想だったのだけど、

作ってる間旦那そっちのけって感じの態度だったので、ちょっぴり胸がすく

ような気持ちもありました。書道家には腹しか立たなかったけどね。自分の

いい人パフォーマンスの為に、たくさんの人の努力が無駄になったなんて、露とも

考えないんだろうな。職人を馬鹿にするな、とムカムカしました。

せっかく十周年記念の為の作品なのだから、できればもう少し温かみがあって、

読後感のいい作品を書いていただきたかったなぁ。

ちょっと、最後に収録するには皮肉で後味の悪い物語だったのが残念でした。