ミステリ読書録

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燃え殻「すべて忘れてしまうから」(扶桑社)

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『王様のブランチ』で紹介されていて、気になったので借りてみました。作者の

燃え殻さんって、私は初めて名前を聞いた方だったのだけど、以前に出した

『ボクたちはみんな大人になれなかった』という小説がかなり話題になったらしい。

そちらは未読なので、どんな内容なのか全くわからないのですが。

本書は小説ではなくエッセイ集+イラスト+写真で構成されています。220

ページくらいしかないので、あっという間に読めちゃいました。

でも、ひとつひとつの文章がとても心に刺さりました。ご自身、過去にはかなり

辛い経験もされているようですが、今現在はテレビ業界で活躍されている方だそう。

その合間に小説やらエッセイやらを出しているみたいです。

印象的なエピソードはたくさん出て来るのだけど、個人的にすごく好きだったのは、

スーパーを営んでいたお祖父さんとのエピソード。お客さんに、どんなに理不尽に

怒鳴られても、頭を下げ続けたお祖父さんが、高校生の燃え殻さんに言った言葉が

とても胸に響きました。稲穂みたいな人だな、と。こういう人が近くにいれば、

人間は間違いを犯さないんじゃないかな、と思えました。

あと、『死にたいんじゃない、タヒチに行きたいんだ』って言葉も好きだな。実際

タヒチはとても美しい場所です。死ぬって言葉より、タヒチって言葉の方が

ずっと響きがいい。『死にたい』って思ってる人に対して、こういう返しができる

燃え殻さんは素敵だな、と思いました。

燃え殻さんは、人生の中でやりきれない出来事もたくさん経験している。今現在

だって、辛い仕事を抱えながら毎日をやり過ごしてる。それでも、そんな辛い中で

経験した、何気ないエピソードにくすりとさせられたり、ドキッとさせられたり、

心を射抜かれたりしました。基本、優しい方なんだろうな。昔のいじめられた話

には胸が痛くなりましたが。そういう辛い経験があるからこそ、他人に優しく

できるのかもしれないし。どんなに辛いことがあっても、生きていればいいことも

ある。心に刺さったままの棘を抜くこともなく、ただ受け入れて今を生きる。

燃え殻さんはそうして辛い人生を生きて来たんだろうな、と思えました。

私も経験したことをすぐに忘れてしまう人間なので、こうやって文章に残す

ことは自分が生きて来た証のようなもので、とても大事なことだな、と思いました。

何てことはない日常もたくさん描かれていて、そういうエピソードはすぐに

忘れちゃいそうだけど(女性との不毛なやり取りとか)、優しく静かに訴えかける

何かが潜む文章はとても好みでした。小説の方も機会があったら読んでみよう。