ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

町田その子「52ヘルツのクジラたち」(中央公論新社)

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大変評判のよろしい町田さんの作品。私自身も去年ブランチで紹介された時に

興味を引かれて、読むのを楽しみにしていました。本屋大賞にも選ばれてますね。

はぁ。期待に違わぬ傑作でしたねぇ、これは。もう、久しぶりにのめり込んで、

本当に一気読みした作品でした。ページ数がさほどないというのもあるのですけれど。

痛々しくて、切なくて、やるせなくて、どうしようもなくやりきれなくて。

それでも、最後には温かい何かが心を満たしてくれる、良作だったと思います。

他のクジラには聴こえない、52ヘルツの声で鳴くクジラという題材が、

とても効いていますね。親から虐待されていて誰にも助けてもらえない孤独な

少年と、海の中でたった一人誰にも聴こえない声で鳴く孤独なクジラの存在が、

見事に呼応していると思いました。よくこの題材見つけて来たなぁ。

その孤独な少年の心の叫びを唯一聴き取れたのが、主人公のキコ。彼女もまた、

ある出来事によって心に深く傷を負って、孤独な心を抱えて亡き祖母の家がある

海辺の町に逃げるようにやってきた。

すべてに自暴自棄になっていたキコは、ある日一人の少年と出会う。言葉が話せない

その少年の身体に酷い虐待の痕があることに気づいたキコは、彼の身を案じる。

筆談で事情を聞いているうちに、母親から育児放棄されていることを知り、彼の

ことが放っておけなくなってしまう。彼の孤独な心の声を聴き取れるのは、誰

からも顧みられることのなかった自分しかないのではないか――。

少年とキコの、魂の交流に心が震えました。どちらも辛い経験をしたからこそ、

わかり合える何かがあったのだと思う。

キコ自身の過去の出来事も、少しづつ明らかになって行きます。それは、若い女

が抱えるにはあまりにも衝撃的な出来事ばかりでした。母親との確執、愛した

男性からの裏切り、そして一番自分を理解してくれて助けてくれた唯一無二の

存在、アンさんとの別れ――どれひとつ取っても耐え難い程の苦しみなのに、

それが全部キコひとりに降り掛かってしまうなんて。彼氏に関しては、キコ

本人の自業自得な部分もあったとは思いますけど。どう考えても、共依存

関係にしか思えなかったですし。相手の男の言動があまりにも下衆過ぎて、

かなり引いてしまいました。完全に自分のエゴでキコを振り回してるし。ムカ

ついて仕方なかったなぁ。

そして、アンさんの秘密には驚かされましたね。ただ、それがあるから初めてアン

さんがキコを見た時、彼女の危うさに気づけたのだと納得が行きました。一目惚れに

近いものだったのかもしれないなぁ。あの時のキコは、きっと今にも壊れそうな

美しさを放っていて、目を惹かれたんじゃないだろうか。

キコの母親と52の母親、どちらに関しても、虐待やネグレクトの描写は読んでいる

のが辛かった。この手の話をどれだけたくさん読んでも、慣れないし、辛い。子供

が悲しい思いをする描写は、やっぱりどんな作品でも嫌だ。子供はいつだって幸せ

でいなくちゃいけない存在なのに(by夢水清志郎)。周囲がどうにも出来ない

ことが、歯がゆくて仕方なかったです。だから、アンさんがキコを、キコが52を

助けるシーンはスカッとしたし、ほっとしました。だからこそ、アンさんの声も、

誰かが聴き取ってあげてほしかったな・・・できれば、キコが。

52ヘルツのクジラは、まだまだ世の中にたくさんいるのだと思う。52の声が

キコに聴き取れたように、誰にも届かない声が、誰かに届くといいと思う。

私も、そういう声が聴き取れる人でありたいと思うけれど・・・。言うは易く、

行うは難し。そうそうできることじゃないですよね。それでも、一人でも世の中に

そういう人が多いといいと思うし、誰かの声に耳を傾けようとする人が増えると

いいな、と思いました。

ラストまでハラハラさせられたけれど、最後は優しい気持ちで読み終えられて

良かったです。

キコは自分が孤独で何もない最低の人間みたいに思っているけれど、少なくとも

周りの人間にはすごく恵まれていると思う。特に、親友の美晴の存在は大きい

ですよね。あんな風に寄り添ってくれる友達がいるだけで、すごく救われると

思うな。もちろん、52という、魂の番と出会えたのも大きいですしね。

 

彼らの二年後のシーンを、作者は書こうと思えば書けたと思うし、その方が読者は

安心したとも思う。でも、敢えて書かなかったのではないかと私は思いました。

この二人なら、敢えて書かなくてもいい、と判断されたのでは、と。だって、

絶対約束は守られる筈だから。それだけ、二人の絆はしっかりしたものだと思うから。

読み終わって、しばらく余韻に浸ってしまった。ああ、いい本だった。読めて

良かった、と心から思えました。

本屋大賞、いいとこ行くんじゃないかなぁ。他の作品、読めてないの多いから

なんとも言えないのだけどさ。伊坂さんも青山さんも良かったけど、少なくとも

その三冊の中ではこれが今回は一番相応しい気がする。まぁ、全部読んでないから

希望なだけだけどね。伊吹さんのも評判良いようだし。

やっぱり町田さんいいなぁ。町田さんって、海とか川とか水の中の生物をテーマに

した作品が多いですよね。お好きなのかな。そういうところも共感出来たりして。

未読の作品も早めに読まなくては。