ミステリ読書録

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辻村深月/「オーダメイド殺人クラブ」/集英社刊

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辻村深月さんの「オーダメイド殺人クラブ」。

中学二年のふたりが計画する「悲劇」の行方
親の無理解、友人との関係に閉塞感を抱く「リア充」少女の小林アン。普通の中学生とは違う
「特別な存在」となるために、同級生の「昆虫系」男子、徳川に自分が被害者となる殺人事件を
依頼する(あらすじ抜粋)。


辻村さんの最新作。出るって情報を全く知らなくて、たまたま本屋に行ったら売っていたので
慌てて翌日リクエストしたんですが、表紙を見てビックリ。少し前に渋谷のBunkamuraでやった
モネとジヴェルニーの画家たちを観たついでに、無料だったのでたまたま興味を惹かれて
ふらりと立ち寄った上田風子さんの個展で観た絵ではないですか。あの時に書いた記事の中で、
彼女の絵を『今後、ホラー系とか耽美系の小説の表紙にガンガン起用されていくのでは』みたいな
ことを書いたのですが、まさかこんな早くに大好きな辻村さんの小説で起用されるとは。でも、本書
を読んで、上田さんの画風と作品の世界観は見事にはまっていると思いました。ただ、この表紙に
使われた絵よりももっと作品に似合う絵がたくさんあったように思ったんですけど・・・水の中に
いる少女が描かれた絵はいくらでもあったので。

と、前置きはそれくらいにして、感想ですが。相変わらずのリーダビリティに引っ張られ、先が
気になって気になってぐいぐい読まされてしまいました。内容といえば、もう、中学二年の少年
少女の、この上もなく『イタイ話』。ほんっとに、中学二年という多感な時期の少年少女たちの、
クラス内に置ける人間関係とか立ち位置とかの、危うい感じとか面倒くさい感じが実にリアルで、
読んでて痛くて仕方なかった。本人たちは至って真面目なんだろうけど、大人の視点から見ると、
なんでいちいちそんな風にイタイことばっかり考えるんだろう、とむず痒くなってしまう。でも、
この年代の頃って、学校の中だけが自分の世界のほとんどを占めていて、そこで起きる些細な
出来事で一喜一憂して、何でもないことで大笑い出来たり、ほんの少しの悪意に触れても、この世の
終わりみたいな気分になったりするものなんだよね。そう、そうなんだよ、ってわかるだけに、
ほんと、読んでて痛い。辻村さんって、ほんとうまいんだよね、この痛さのさじ加減が。
リア充でそれなりに楽しい中学生活を送っていたアンが、ほんの少しのきっかけでクラスから
『外され』て、一人ぼっちで学校生活を過ごさなきゃならなくなり、そこから、何もかにもが
嫌になって、『死ぬしかない』と思いつめて行く心の動きもリアルで、手に取るように彼女の
心情が伝わって来ました。思いつめたアンが心の拠り所にしたのは、クラスではヒエラルキー
最下層にいる、地味でキモ系の徳川。クラスでも上位グループにいたアンにとって、徳川と
一緒にいる所を学校のみんなに見られることは死を意味することと同じ。けれども、アンは、
ネズミの死体を踏み潰す徳川の激しく危うい狂気を知り、『こいつなら自分を殺してくれる』
白羽の矢を立て、彼に近づいて行きます。アンが望むのは、単なる死ではなく、世間を騒がせ、
長く語り継がれ、いつまでの人々の記憶に残るようなセンセーショナルな殺され方で死ぬこと。
そして、徳川もアンの願いを引き受けます。二人は密かに誰にも知られずに、そんな殺人の
方法を相談し合っていく。つまり、動機も方法もすべてが二人で一から作るオーダーメイドの
殺人事件。クラスで孤立したアンは、次第に徳川との殺人計画だけが心の支えになって行く
・・・と、まぁ、こんな感じの、どこまでも重く、暗く、痛いお話。アンはもともと、自分の
母親も、いつも一緒にいる仲良しグループの芹香たちも、誰に対しても上から目線というか、
どこかで見下している所があって、自分はそういう人たちとは違う人間だ、みたいな勘違いな
ところも読んでて痛くてしょうがなかった。
でも、そういうのが痛いってのは、全部、突き詰めると過去の自分と重なるからなんですよね。
誰にでも身に覚えのある青春のひりひりとした痛さを突きつけられるから、アンに対して嫌悪を
感じる反面、共感出来てしまう。中学生なんて、誰でも一番痛いこと考える時期ですから。
今回、辻村さんは初めて中学生を主人公にしています。本人曰く、『中学生だけは書きたくなかった』
のだそう。なぜって、そのものズバリ、一番恥ずかしい時期だから。確かに。中学生の頃の
自分の考えてたことなんて、ほんと恥ずかしくて口に出せないですよ。まぁ、確実にアンよりも
精神年齢は低くて、アホなことしか考えてなかったと思いますけど^^;でも、中学生だって、
中学生なりに必死に生きていたことは間違いない。少し背伸びしながらもね。アンや徳川がグロテスク
だったり背徳的な物に憧れるところも、多分、平凡で平穏な日常から少し逸脱したいという背伸びの
現れなのではないかと思う。そして、そういうものに憧れる自分が、大人になって振り返ると
すごく恥ずかしくて、痛くて、そして愛おしかったりするんだろうな。


二人のオーダーメイド殺人がどうなるのか、終盤は息するのも忘れる位のめり込んで読みました。
最後まで救いのない結末だったら嫌だなぁと思いましたが・・・そこは辻村さんです。読んでて
桜庭さんっぽい作品だなぁ、と思ったのだけど、この結末は、桜庭さんだったら絶対に有り得ない。
辻村さんだからこそ。ああ、やっぱり、辻村さんだぁ、と嬉しく思いました。気になるところが
ない訳じゃないのだけれど、細かい部分はもう、どうでもいい。やっぱり、徳川は、そうだったん
だなぁ、と胸が詰まりました。単なるキレやすい昆虫系男子ってだけじゃなかった。ネルのこと
に関してだけは許しがたいとも思うけど、多分、その激情も、鬱屈も、理由のあることだったと
わかって、溜飲が下がりました。彼の内面描写は一切出て来ないので、読者も彼がどういう人間
なのか、最後までよくわからず、戸惑うところもあると思う(私はそうだった)。でも、このラスト
で、読んだほとんどの人が救われた気がするんじゃないかな。こういう所が辻村さんの巧さなんです
よね。最後の数ページだけで、これだけ作品の印象を変えられてしまうのだからね。
今回も、脱帽でした。

多分、読んでる途中はすごく嫌な気持ちになって気が滅入ると思う。でも、作者を信じて最後まで
読んで欲しい。これが青春の苦さだし、痛さだし、若さなんだってわかると思う。
とても面白かったです。最初は嫌悪しか感じ無かったアンと徳川。でも、読み終えた今は、二人が
とても愛おしい。
不器用にしか生きられなかった中学二年の二人の、これは、『悲劇の記憶』なのです。

辻村さん、また本書で一皮剥けたんじゃないのかな。また直木賞候補に挙がるかも。
集英社の本書に関する特設ページの中にある、大槻ケンヂ氏との対談がとても興味深かったです。
気になる方は是非読みに行ってみて下さい^^