ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

下村敦史「ヴィクトリアン・ホテル」(実業之日本社)

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下村さん最新作。老朽化による改築の為、明日から休業する老舗の高級ホテル

『ヴィクトリアン・ホテル』。伝統あるホテル最後の一夜を過ごす為、様々な

宿泊客が訪れ、それぞれの運命が動き出す――。

老舗のホテルを舞台に、一夜のうちに繰り広げられる群像ストーリー。出だしで

人物紹介とばかりに主要登場人物が次々と入れ替わるので、ちょっとついていく

のがちょっと大変でした。人物の書き分けが出来ていないとかそういうことは

全くないのですが(それぞれの年齢性別が全く違うので)。それぞれのキャラの

視点で少しづつ物語が進んで行く形なので、ちょっと途中で中だるみし印象は

受けました。このバラバラな登場人物たちのそれぞれの話が最後にちゃんと

繋がるんだろうな、という思いで読んではいたのですが、なかなか話が進まない

ので、読んでいてイライラしました。森沢と優美の恋愛部分が特にキツかった。

なんか妙に古臭いというか。森沢のキャラが章ごとに違っていて違和感も覚えたし。

まぁ、その部分がすべて伏線ではあったのですけどね。何か変だなぁという感じは

受けながら読んでいたので、終盤の種明かし部分を読んで、そういうことか!と

思いました。確かに、最後まで読んで前の部分を確認したくはなりました。ただ、

こういう手法はもう、いろんな作品で書かれ尽くしてる感があって、目新しさは

全く感じなかったですね。細かい伏線の張り方はさすがだと思うし、整合性も

きちんとあるとは思いましたけど。

老舗のホテルを舞台にした作品自体も、東野さんのマスカレード・ホテルシリーズ

とか、辻村さんの東京會舘を舞台にした作品とか、緻密に取材された先行作品が

たくさんあるので、そういうものと比べてしまうと、ちょっとインパクト不足にも

感じられてしまったし。

良かれと思った優しさや思いやりが誰かを傷つけてしまうという、ヒロインが

思い悩むテーマの部分に関しては、下村さんらしいメッセージが読み取れて

よかったと思いますが。

今の世の中を象徴するようなテーマではありますね。どんなに良いことをしても、

必ずアンチがいて、理不尽な言いがかりをつけてその人を攻撃する。SNS流行りの

今の世では、どんな人でも匿名で誰かを傷つけることが出来てしまう。自分が

それを発信したことで、当の本人がどれほど傷つくのか、想像力の働かない人

たちがたくさんいるということ。常々、嫌な世の中になったものだな、と思います。

でも、ヒロインの優美の優しさが、終盤報われてよかったです。ただまぁ、個人的

には、犯罪者の犯罪を見て見ぬ振りするのはどうかと思うので、彼女の行動は

あまり好意的には受け取れませんでしたけど。それでも、その行為で人生を変える

ことが出来た人もいたわけで。自分の行動によって、その後誰かの人生がどう変わる

かなんて、考えてたら何も出来なくなりますよね。自分の信念のもと、その時

やりたいと思った行動をするしかないと思います。

作家の高見光彦(ついつい浅見光彦を思い出してしまう名前だがw)のパートは、

素直に騙されましたねぇ。

途中で突然伏兵的な第三の作家が出て来た時は面食らいましたけど。それで、その

作家が結構おいしいところを持って行くものだから、一体何者!?と頭が混乱

しました。種明かしされて、納得って感じ。いろいろ伏線はあったんだけどね。

ミステリ的には良く出来ているとは思うのですが、既存の作品を超えるほどの

インパクトはなかったかなぁ、という感じでしょうか。下村さんにしては、題材に

目新しさが感じられなかったのが残念だったかな。