ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

伊吹有喜「犬がいた季節」(双葉社)

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本屋大賞第三位に輝いた作品。伊吹さんの作品は以前一冊だけ読んだことがあって

(調べたところ四十九日のレシピという作品でした)、その時好印象だったの

だけれど、なんとなくその後手に取ることなく今に至ってしまってました。今回、

巷の評価が良さそうだったので予約してみました(たまたまその後本屋大賞候補に

挙がったので、予約しておいて良かったw)。

こういうタイトルの作品はラストが読めちゃって、実はあんまり食指が動かない

ことが多いのだけれどね。だって、タイトルでもうラストのネタバレしちゃってる

んだもの。もうちょっとその辺考えて欲しいよなぁとは思うけどね。

でも、ちょっと思ってた作品とは微妙に違っていたというのが正直な感想。一匹の

犬が、飼い主を変えながら、いろんな場所を旅するとか、そんなお話なのかなーと

予想してたんですよね。飼い主というか、お世話する人が変わって行くのは間違い

ないのだけれど、なぜ変わるかというと、それは学校で飼われることになったから

なんですね。だから、舞台になるのはその犬が飼われることになった三重県

四日市市の高等学校。一番始めは、昭和63年。前の飼い主に捨てられた白い子犬

が学校に迷い込んで来たことから始まります。校長も交えた話し合いの結果、

犬はしばらくの間学校の敷地内に置いて、里親を探すことに。しかし、結局

里親は見つからず、そのまま学校で飼われることになります。犬は、美術部の

早瀬光司郎に懐いたことから、コーシローと名付けられ、お世話係の生徒たちが

持ち回りで世話することに。お世話係は、担当の生徒が卒業したら、次の生徒に

受け継がれて行く。そうして、コーシローはたくさんの生徒たちと時を過ごし、

たくさんの季節が巡って行く。そうした、生徒とコーシローの交流を描いた連作集

となっています。時代は昭和から平成に変わって、更に最後は令和の時代に。

さすがにコロナ禍は描かれませんでしたが。その時代その時代の世相を反映させた

作品になっていて、懐かしい気持ちでいっぱいでした。主役はどのお話でも

高校生なので、高校生ならではの悩みや楽しみがリアルに描かれていて、青春

だなぁ~って感じ。特に、第1話の光司郎と優花のお話は甘酸っぱかったですねー。

二人のその後がどうなるのかすごく気になってたんですけど、この二人に関して

はその後のお話にもちょいちょい成長しながら登場するので、二人の関係に

やきもきしながら読んでました。途中で優花の結婚話なんかも出て来るので、

あー、やっぱりそうなっちゃうんだな~と残念な気持ちでいたのですが、最後に

ちょっといい終わり方になったので嬉しかったです。優花はいろいろ苦労したん

だろうなぁ。

他にも、F1好きの高校生男子の友情物語があったり、東京の大学に行きたいけど

家族の反対にあって苦悩する女の子のお話、援交してる美少女とバンド少年の

密かな交流など、それぞれの青春物語の傍らにはいつもコータローがいて彼らを

見守っている、というのが大まかなあらすじ。

ただ、思った程犬が彼らそれぞれの物語に絡んで来る訳でもなく、ひっそりと

傍らにいるって感じ。もうちょっとがっつり物語に絡んでほしかったようにも

思いました。あと、気になったのは、犬視点になった時(たまに出て来るのです)、

コーシローの語り口が敬語なところ。なんか、キャラ的にもうちょっとくだけた

口調でも良かったんじゃないかなぁと思いました。ちょっと違和感を覚えたので。

コーシローがずっと1話に出て来た優花を探しているところがちょっと切なかった

な。最後も切なかったけれど、いろんな人と巡り合って、コーシローは幸せな

犬生だったんじゃないかな。

優しさと切なさの混じった、爽やかな読み心地の物語でした。ただ、本屋大賞

にはあと一歩何かが足りないような気がしたな。巷の絶賛ほど自分に刺さった

かというと、そうでもなかったというか・・・。物語の中の犬の役割がちょっと、

自分の中で消化不良だったからかもしれない。いいお話だったのは間違いない

のだけれどね。