ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

三浦しをん「エレジーは流れない」(双葉社)

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しをんさん最新刊。ほぼほぼ高校生の男の子しか出て来ない青春小説。なんか、

しをんさんのこういう雰囲気久しぶりで楽しかったです。おバカな男子高校生

たちがわちゃわちゃやってる感じ。『風が強く吹いている』とか『神去なあなあ日常

とか、ああいう雰囲気を思い出しました(どちらも高校生じゃないけど)。

舞台は寂れた温泉街、餅湯温泉。かつては賑わっていた商店街も、今はすっかり

閑古鳥が鳴いている。この商店街の一角でお土産屋を営む母親と二人で暮らす

高校二年の穂積怜は、おバカな同級生の友人たちとのんびり高校生活を謳歌していた。

しかし、実は怜の家庭は複雑で、怜にはもうひとり母親がいる。月に一度、一週間は

もうひとりの母親の元で過ごす。父親のことはどちらの母親からも聞いたことがない。

聞く勇気が持てないのだ。怜がどちらの母親から生まれたのか、父親は誰なのか。

怜が聞かないせいか、詳しいことはどちらも教えてくれない。しかし、ある日怜は

商店街の一角で怜そっくりの中年男を目撃する。男は、怜を見て、怜の名前を呼んだ。

あれは実の父親ではないのか――怜はついに二人の母親に父親のことを聞いてみる

決意をするのだが。

物事に対して割と淡白な怜の性格は、なんとなく共感出来るところが多かったです。

波風立てないように、言いたいことがあっても、なんとなく言いそびれてそのままに

なってしまうところとか。気になることがあっても、それを聞いたら相手を傷つける

かも、と先のことを心配して結局言わずに終わってしまうところとか。でも、淡白

なように見えて、実は結構繊細で、気にしちゃう性格だったりもするんですよね。

やらなきゃいけないことはとりあえず真面目にやる辺りも、わかるなぁと思いました。

面倒だなーと思うことでも、やらずに終わることができないんですよね。勉強も

真面目に取り組むし。しをんさんの主人公には今までになかったタイプのキャラかも。

でも、そういう生真面目な怜のキャラは好感持てました。友達の竜人とか心平が

おバカキャラ全開なだけに、文句言いつつそれに付き合ってあげるお人好しな所も

好ましかったです。高校生男子らしく、二人の母親には複雑な感情を持っていたりも

するけれど、基本的にはどちらに対しても愛情持って接しているのがわかりますしね。

餅湯温泉のゆるい空気で育ったからなのか、複雑な家庭環境の割に真っ直ぐ良い子に

育って良かったです。

怜の友達たちも、それぞれに個性的で良いキャラでしたね。彼女大好き脳筋男の竜人

自然児の心平、旅館の跡取り息子の藤島、真面目で優しい性格の丸山。竜人や心平

のバカ全開キャラは、男子高校生らしいエネルギーに溢れる感じがしました。

他校の生徒とアホな諍いしちゃう辺りも笑えましたしね。でも、迷惑ユーチューバー

みたいなああいう勘違いしたバカをする訳じゃないから、微笑ましく思える。

怜の父親が現れた時の団結力にも感心しました。商店街のみんなで怜を守ってあげよう

としている姿はちょっと感動したな。東京なら絶対ありえないような^^;

全体的に大きな事件が起きる訳ではないけど、寂れた温泉街に生きる高校生たちの

のんびりした日常生活の中に、ほんのちょっと事件が起きる様が生き生きと

描かれていて、楽しく読めました。ラストの土器盗難犯との対峙シーンは一番の

見せ所ですが、竜人の呑気な性格のせいか、いまいち緊迫感がなかったです。

それもまた、この作品らしくて良かったのですけどね(苦笑)。

怜の父親とのエピソードは、もうちょっと一波乱あっても良かった気もしました。

なんか、あっさり終わってしまったので拍子抜けだった。父親、本当に例の外国に

行ってしまったんでしょうか。最後まで謎だらけの男でしたね・・・。

タイトルのエレジーとは、哀しい歌、という意味だそうで。確かに、この餅湯商店街

には悲しい歌は似合わないですね。

しをんさんらしい、痛快なエンタメ小説でした。面白かったです。