ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

伊坂幸太郎/「オー!ファーザー」/新潮社刊

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伊坂幸太郎さんの「オー!ファーザー」。

平凡な高校二年生の由紀夫は、6人家族だ。内訳は、一人の母親と、一人息子の由紀夫と、四人の
父親。血が繋がっている父親が誰かは今もってわからない。DNA鑑定をすれば一発なのだが、父親
たちはそういうのが嫌なのだという。四人それぞれに個性的な父親に育てられたせいで、由紀夫は
他人よりいろんなことが出来るようになった。四人の父親たちは、何より由紀夫を大事に思って
くれている。けれども、高校生の由紀夫はそれが時に鬱陶しい。世間では四人の父親がいることを
隠して平凡な高校生活を送りたいと思っている由紀夫だったが、ギャンブル好きの父親の一人と
ドッグレースに出かけたところ、盗みの現場に居合わせてしまい、そこからとんでもない事件に
巻き込まれることに――著者初の新聞連載作品を単行本化。


伊坂さんの最新作。発売日に予約したのに19人待ちでようやっと回って来ました。あとがきで
著者自らが『ゴールデンスランバー』以前、以後の作品を第一期、第二期に分けていらっしゃい
ますが、これは第一期最後、つまり『ゴールデンスランバー』の直前辺りに書かれていたものだそう
です。なるほど、読んでみると確かに初期の伊坂作品の雰囲気を踏襲した作品だと感じます。
変に重いメッセージ性もなく、徹底したエンタメ作品になっていて、痛快にテンポ良く読めました。
初期作品も通じるからりとした明るさは、やはり由紀夫の四人の父親を始め、人の話を聞かない
自己中ヒロイン多恵子や、悪いことをしてもどこまでも悪びれず由紀夫に頼り切る迷惑な友人鱒二、
不思議なキャラで周囲を和ませる同級生の殿様など、脇を固めるキャラたちがみんな個性的で
由紀夫との会話を盛り立ているからだと思う。迷惑な父親や友人を持った由紀夫が彼らの言動に
振り回され、辟易しつつも律儀にそれに付き合ってあげるところがなんともコミカルで読んでいて
楽しい。彼らの妨害にもめげずに試験勉強しようと頑張る由紀夫の姿が健気で、ついつい頑張れ、
と応援したくなりました。四人の父親に育てられるという特殊な環境にいながら、ここまで全うな
性格に育ったのは、やっぱり四人の父親たちのいいところを総取りしたからなのでは。それに、
何より父親たちはみんな誰よりも由紀夫を愛していることが伝わって来るし、それを由紀夫も
わかっているから、このへんてこな家族の形態を受け入れられるのでしょうね。終盤の由紀夫の
ピンチを救うべく四人の父親が起こす行動には唖然。これぞ、愛だ。あまりにもご都合主義だとか、
こんなに上手く行くなんてあり得ないとか、そんなことを言うのは野暮だと思う。この四人が結束
すれば、これ位のことが出来てしまうのだと思わせるような人物造形が十分出来ているから、
自然と納得出来る。彼らの由紀夫への愛があれば、不可能だって可能になってしまうのだって
思わせてくれるところが、伊坂さんの巧さだと思う。そして、そうしたご都合主義的に物語が
進むことが実に爽快で読んでいて気持ちが良いのです。小さく散りばめられた伏線がしっかり
最後に効いてくるところも、さすが。個人的には鱒二の父親がヤラレタなぁ。それこそご都合
主義なんじゃないのって思わなくもないけど、なんだかすごく嬉しい気持ちになりました。そんな
すごい事実を息子に隠し通して、地味に堅実に黙々と大判焼きを焼く姿を思い浮かべると、なんか
泣けるし、尊敬する。こういうお父さん、素敵だなぁ。もちろん、由紀夫の四人の父親は格別な
格好良さがありますけれど。ハチャメチャだけど、四人揃うと最強。最初は悟さんの印象が薄いな
と思っていたのだけど、終盤ですごい活躍をするので、やっぱりトンデモない人だと認識を改め
ました。知代さんの携帯電話に、悟さんの名前がどんな風に登録されているのか気になります(笑)。

徹底したエンタメ、細かい伏線、洒脱な会話、突出したキャラ造詣、そして、家族や友への愛。
どれを取っても伊坂さんらしさが感じられる作品だと思う。ほんとに、初期の頃の伊坂さんって
こんな感じだったよなーって思える作品でした。これこれ、こういうのが読みたかったんだよー!
って嬉しくなりました。
私が求めてる伊坂作品が凝縮されている良作でした。面白かったぁ。どこを読んでも楽しくて
楽しくて。記事を書くにあたってネット検索していたら、伊坂さんの本書のインタビューが
載っているHPを見つけたのですが、ご本人の次の言葉が印象に残りました。

「小説についていつも考えているのは、以前、作家の奥泉光さん(山形県三川町出身)が言って
いた『文章を読むこと自体が快楽となるように』ということ。あらすじや設定ではなく、何も
起きていないのに、読んでいることが楽しい。そういうものを目指している」。


奥泉さんの言葉が引用されていたのもちょっと意外に思いつつ嬉しかったのですが、『何も
起きていないのに、読んでいることが楽しい』というのは、まさに本書のような作品のこと
だなぁと思いました。十分達成出来ているんじゃないのかな。由紀夫と他のキャラたちの何気ない
会話を読んでいるだけでも、何度も吹き出して笑ってしまいましたもの。伊坂さんにはやっぱり、
エンターテイメントを基調とした作品を書き続けて欲しいなぁ。といっても、この作品の後から
第二期が始まる訳なのですけれど。今後は一体どんな作品を書かれるのでしょうね。楽しみな
反面、あまり冒険や実験はして欲しくないなぁという保守的な気持ちもあったりして(苦笑)。
それでも、やっぱりずっと伊坂ファンで居続けたいと思う。伊坂さんの中に、上記に引用した
ような作品を目指す気持ちがある限りは。