ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

有栖川有栖「捜査線上の夕映え」(文藝春秋)

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火村シリーズ最新長編。このシリーズは、個人的には短編の方が好きなのですけれど。

今回の事件の性質自体も、短編でも成立しそうなものでしたし。もっとシンプルに短く

書こうと思えば、いくらでも出来た作品だと思いました。ただ、これを長編で

書いたことにもきちんと意味があって。一見シンプルに見える事件が、実は

一筋縄ではいかないものであり、その背後には事件を複雑にさせるジョーカーの

存在も潜んでいて。そのジョーカーを浮かびあがらせる為、アリス&火村コンビは、

ある島に飛ぶ。事件を読み解く為、実に丁寧に物語が展開して行く。そこが冗長と

感じる人もいそうではありますが。特に、途中に挟まれる瀬戸内海を旅する場面

は、こんなにページを割いて書く必要もなかったのではと思えるくらい、しっかり

書き込まれている。ただ、個人的には、二人が旅するこの章が一番読んでいて

楽しかった。旅情感たっぷりで、郷愁に溢れていて。夕映えの島の風景が、本当に

美しくて。有栖川さんらしい、情緒溢れるシーンが満載。瀬戸内海は、私も四国

旅行の際に車で通ったから、懐かしさもありましたしね。二人が泊まる民宿の

オーナー夫婦とのやり取りも人情味あって良かったです。

事件そのものの真相は、さほど瞠目すべき点はなく、ここまで引っ張るほどの事件

だったのか!?と思うくらいでしたが、真相に至る鍵となるジョーカーの正体

には、素直に驚かされました。まさかの名前が突然出て来て、『え?えぇ!?』

って感じでした。この人物に関しては、物語の当初からちょっと言動に疑問を

覚えるシーンがちょいちょいあったのですけどね。まさか、こういう風に繋がる

とは。その人物と、事件関係者との繋がりの部分が一番のキモになるのかな。

犯人のアリバイ工作が、さすがにちょっと場当たり的過ぎないか?とそこはちょっと

不満が残りましたけど。たまたま上手く行ったから良かったようなものの。まぁ、

犯人は、ある程度時間が稼げればそれで良しと思ったからなのかもしれませんが。

しかし、こんなあやふやなアリバイ工作を指摘出来たって方がすごいような気も。

作中、ちょいちょい夕映えのシーンが出て来ます。タイトルにもなってますが、

美しい夕映えが心に残る作品です。一番は、やっぱり瀬戸内海の仲島で二人が見た

夕映えでしょうね。表紙の写真も美しいですねぇ。捜査の一貫とはいえ、旅好きの

アリスが、久しぶりの旅にワクワクしている感じが伝わって来て、微笑ましかった。

横には長年付き合って来た友人がいるし。島内巡りの様子も楽しそうだったなぁ。

山登りまでしちゃいましたもんね。アクティビティまでやってる(笑)。火村センセ

が、島猫ちゃんたちにデレデレしてるのが見れたのも眼福(脳内妄想映像ですがw)

でしたしね。ほんとに、火村センセは猫がお好きなのねぇ。

作中の二人(火村&アリスコンビ)はほとんど年を取っていないけれども、作中

ではしっかりコロナ禍が反映されています。相変わらずのサザエさん現象(苦笑)。

作中の二人も、しっかりコロナ対策をしています。マスクやソーシャルディスタンス。

コロナ対策しながらの捜査は、みんなやりにくそうです。でも、これから出る作品は

みんなこうなって行くんでしょうね。

事件の性質上、多少冗長に感じるのは否めないけれども、有栖川さんらしい、情景

描写の美しい、情緒溢れる作品になっているのではないでしょうか。お馴染みの

キャラクターの過去が明らかにされましたが、肝心の火村先生の過去は未だに

謎のまま。准教授が殺したいと思ったのは一体誰だったのか。なぜあんなに犯罪を

憎んでいるのか。

いつか明らかになるのかなぁ。有栖川先生がお元気なうちに、書いて頂きたいなぁ

と思いますね。