ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

一穂ミチ「パラソルでパラシュート」(講談社)

f:id:belarbre820:20220308201910j:plain

『スモールワールズ』で人気を博した一穂さんの新刊。大手企業の受付嬢として

働く29歳の契約社員、美雨。契約社員として働けるのも、あと1年。恋人も

おらず、将来も見えず、冴えない日常を淡々と過ごしていたある日、同僚から

譲られて何気なく訪れたコンサート会場で、ある一人の男と出会う。その出会いが、

美雨の人生を劇的に変えて行く――。

売れないお笑い芸人とシェアハウスで同居することになった女性の成長物語。

又吉さんの『火花』と、菅田将暉くんや有村架純ちゃんが出ていた日テレのドラマ

『コントが始まる』を足して2で割ったような内容。主人公の美雨が、結構

淡々とした物静かな女性なので、尚更有村さんの演じた女性に重なりましたね。

まぁ、性格は全然違うのですけれども。推しの芸人に対する熱量とか、距離感

とかが似てるかなぁ、と。全然違うじゃん、と言う人もいそうですが^^;

売れないお笑い芸人『安全ピン』と、美雨の関係が良かったですね。不思議な

存在感を持つ亨がなかなかに魅力的なキャラだった。それと相方の弓彦のぶっきら

ぼうだけど、どこか憎めないキャラクターも嫌いじゃなかったです。最初、

美雨に対して冷たい態度を取っていて、何がそんなに気に食わないのかわからず、

イラッとしたところもあったのですが、相方の亨に対する複雑な思いを知って印象も

変わりました。後半になるにつれて、美雨との関係は似た者同士でわかりあえて

いるような感じがしました。

同じシェアハウスの住民たちも個性的なキャラでしたね。郁子さんは、頭の中で

友近にしか思えなかった・・・^^;ちゃきちゃきしていて、公平な目を持って

いる印象。芸人としては苦労して来たのだろうけれど、部外者である美雨のことも

優しく受け入れてくれて、姐さんって感じ。

掴みどころのない亨のキャラは嫌いじゃなかったのですが、美雨に対してどういう

気持ちでいるのかわからず、最後までやきもきしました。後半、ある人物の登場で、

亨の内面の弱さが露呈することになるのですが。飄々とした性格に思えていたけれど、

実はとてもナイーブな一面を持っている人だったとわかりました。問題の人物から

逃げて、お笑いをやることで心を平常にしようとしていたのかな。脆い心を見せ

ないように、気を張っていたのかもしれない。多分、そんな状態の亨の前に突然

表れた美雨は、亨の心に染み込む慈雨のように思えたのかも。噴水の前にいてくれた

時、どれだけ嬉しかったんだろうか。そのあたりの、亨の内面描写も読んでみたい

なぁ。

しかし、あの状態で見知らぬ男の家に上がり込む行為自体は、どうかと思いましたが。

亨が悪い人間じゃなかったから良かったようなものの。まぁ、本人もそれを危惧

して葛藤しながら結局ついて行ってしまった訳なのだけれど。亨が良識ある

人間で良かったよ。

美雨の、両親を騙してシェアハウスに住んだ過程にも首をかしげてしまった。そこは、

ちゃんと両親を説得出来るまでねばるべきだったのでは・・・とも思うけれど、

正直に話しても了解を得られるとは思えないもんなぁ・・・。でも、ニセの居住地

に突然親が訪問しに来ないとも限らない訳で。こんな中途半端な嘘をついても

そのうちバレそうだよなぁと思いました。

安全ピンのコントは、いまいち面白さがよくわからなかったな。実際芸人さんが

演じてみると違うのかもしれないですけど。でも、亨が演じる夏子のキャラは

実物が見てみたくなりました。女装キャラでコントする芸人さんはいろいろ

いますよね。トム・ブラウンの布川さんとか、レインボーの池田さんとか?

美雨が、安全ピンやシェアハウスの人々と出会ったことで、少しづつ成長して

強くなってたくましくなって行くところが良かったです。情景描写や心理

描写に長けている作家さんだなと思いましたね。ただ、物語的に強烈なインパク

がある訳ではなく、割合淡々と進んで行くタイプの物語なのだけに、少し経ったら

内容忘れちゃいそうな気も・・・。美雨と亨がこの後どうなって行くのか、そこは

気になりますけどね。ラストで亨が言った、『牛乳』の意味は、結構深いんじゃ

ないかな。