ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

「はじめての」(水鈴社)

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「はじめて」をテーマにした、四人の直木賞作家とYOASOBIによるコラボレーション

小説集。YOASOBIはもともと『小説を音楽にするユニット』という名目でスタート

したユニットですが、今までは公募によって選ばれた作品(つまりプロではない

作者の作品)ばかりが取り上げられていたと思うのですが、今回初めて職業作家、

しかも直木賞作家の作品とのコラボが実現した模様(『群青』の原作はマンガだから、

またちょっと違うと思うし)。

YOASOBIの作品の小説版を読むのはこれが三作目ですが、さすがに今までの二作

とは文章力や構成力の違いがあったように思います。YOASOBIのイメージからなのか、

四人が四人とも、SFやファンタジー要素を取り入れた作品になっています。

島本さんと宮部さんの二作は、かなりスケールの大きいSF。それだけに、この

世界観を短編にしたことで、若干食い足りなさを感じましたね。短編で書くには

ちょっといろんな部分で説明不足を感じてしまうというか。もうちょっと膨らませた

作品を読んでみたくなりましたね。

個人的には、辻村さん、森さんの作品の方が読みやすくて、ほどよく短編として

まとまっていて、好みだったな。

現在、曲として世に出ているのは、冒頭の島本さんの作品のみ(『ミスター』)。

それ以外の三作は、今年中に順次発表されていくのだそう。それぞれの作品が、

どんな曲として表現されるのか、すごく楽しみです。

こういう企画は、もっといろんな作家さんで実現させてほしいなぁ。今回選ばれた

のが女性の作家さんばかりなので、次は男性作家ばかりとか。まぁ、YOASOBIの

世界観には、女性の作家さんの方が合いそうな感じはしますけど。個人的には

モリミーとか乙一さんあたりは合いそうな感じがする。そもそも『大正時代』の

世界観とか、モリミーっぽいと思ったしね。

今までの二作はYOASOBIファンが曲の世界観をより深堀りする為にはいいけど、

文学好きな人にはどうかな~って感じがしましたが、本書は純粋に文学好きの方が

読んでも楽しめるアンソロジーなんじゃないかな。統一性はあんまりないですけど。

YOASOBIを知らなくても楽しめると思うし、何より、この本の中に一切YOASIBIの

名前が出て来ないので、単純に好きな作家のアンソロジーとして読む人も多い

んじゃないかな。言われないと、コラボ小説って全然わからないと思う。

曲が発表されるまで作品の細かい内容覚えていられるかが問題だなぁ・・・。

 

軽く各作品の感想をば。

 

はじめて人を好きになったときに読む物語

島本理生『私だけの所有者』

書簡形式のみで構成されている物語。語り手は、アンドロイドの少年。自分の

所有者との思い出を、何通にも亘って、ある人物に宛てた手紙の中で語っている。

少年が、少しづつ所有者のナルセに心を開いて行くのがわかります。手紙の宛先

である『先生』の正体は意外な人物でした。ナルセに好感を抱いた少年が、『先生』

に向けた感情は、きっと愛とは対極のものだったのでしょうね。ナルセとのラストは

切なかった。それだけに、ラストの、少年のやりきれない思いを綴った手紙に胸が

しめつけられる気持ちになりました。

近い将来、本当にこんな風に人間らしい感情を持ったアンドロイドが開発される

日が来るような気がしますね。

 

はじめて家出したときに読む物語

辻村深月『ユーレイ』

なにもかもが嫌になって、おこづかいをすべてはたいて片道分の切符を買った

中学生の海未。行く先は決めていなかったけれど、電車に乗って外を眺めている

うちに、夜の海が見たくなり、寂れた駅で降りた。すると、白いワンピースを

着た、自分と同じくらいの少女と出会い、一晩をともにすることに。不思議な

言動を繰り返すその少女を、海未は次第に幽霊じゃないかと疑い始めるが――。

少女ふたりの友情譚が爽やかでしたね。ワンピースの女の子の正体に意外性は

ありませんが、彼女と出会ったことで、海未が現実と向き合い、立ち向かう強さ

を身につける事ができて良かったと思いました。

 

はじめて容疑者になったときに読む物語

宮部みゆき『色違いのトランプ』

量子加速器<ロンブレン>の原因不明の大爆発以降、世界は二つになった。鏡に

映したようにまったく同じもう一つの平行世界。そこには、誰もが自分と同じ顔の

もうひとりの自分がいる。発掘現場監督官の宗一は、ある日、娘の夏穂の身柄が

拘束されたと妻から知らされる。並行世界にいる夏穂が、爆弾テロを起こしたテロ

組織の一員としてこちらの世界に逃亡し、こちらの夏穂と入れ替わろうとするかも

しれないからだという。宗一は、夏穂を取り戻す為、拘束された娘に面会しに

行こうとするが――。

現実世界の気弱な夏穂が、平行世界の活動的な夏穂の犠牲となって拘束されてしまう

のはあまりにも理不尽な仕打ちで気の毒だった。こんな世界に生きたくはないなぁ。

ラストは、双方の夏穂にとって、これが本当に幸せなことなんだろうか?と考え

させられてしまった。

 

はじめて告白したときに読む物語

森絵都『ヒカリノタネ』

同じ人物に三回告白して振られている由舞。それでも、大好きな椎太への思いが

溢れて止まらず、四回目の告白をするべきか悩んでいた。由舞は、三回の告白が

なければ椎太は真剣に自分の告白を聞いてくれるかもしれないと考える。すると、

親友のヒグチが、『タイムトラベルの手伝いをしてる人を知っている』と言い出し

た。由舞は、ヒグチと共にその人物の元に赴き、過去三回の告白シーンにタイム

トラベルすることに――。

過去の告白を止めたところで、人の気持ちって変わるものなのかな?と思ったの

ですけどね。なるほど、な結末でしたね。由舞と椎太の過去のエピソードは

どれもが微笑ましかったです。お似合いのカップルじゃないか、と思ったので、

結末にはほっとしました。小説というより、少女マンガにしたい作品だったな。