ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

瀬尾まいこ「掬えば手には」(講談社)

瀬尾さん最新作。ああ、今回も良かったなぁ。主人公の梨木匠は、中学三年の時に

ある特殊能力を身に着けた。その時から、平凡な自分が非凡だと感じられることが、

匠にとっての心の拠り所となった。大学生になった匠は、口が悪く他人に悪態

ばかりついている店長のいるオムライス屋でバイトをしていた。態度の悪い店長

のせいで、匠以外のバイトを雇ってもすぐに辞めてしまうのでいつも人手不足だった。

しかし、ある日バイト希望で常盤さんという女の子がやってきた。すぐに辞める

だろうと思っていた常盤さんだったが、意外にも淡々と仕事をこなし、辞める気配

もなかった。せっかくバイト仲間になったのだから、居心地良く仕事をしてほしいと

あれこれと常盤さんの面倒を見ようとする匠だったが、彼女は全く心を開いて

くれず、二人の距離は縮まる気配もなかった。実は、彼女は誰にも言えない

秘密を抱えていたのだった――。

まず、主人公匠のキャラクターがとても良いです。淡々としているようで、すごく

お人好しだし、自分にとって得にならないことでも、他人の為に率先して動ける

ような人間。どこからどう見ても匠は非凡だと思うんですが、本人だけは頑なに

自分は平凡で何の取り柄もない人間だと思っている。限りなく自己肯定力の低い

性格。他人の心が読める能力を駆使して、いろんな人を助けようとする。そうする

ことで、自分は非凡な人間なんだと安心したいが為に。他人の心が読めるように

なったからといって、その人を助ける必要なんか1ミリもないと思うんですけどね。

何か変なスイッチが入るようで、使命感みたいなものが芽生えるんでしょうね。

中三の時に助けてあげた三雲さんや吉沢くん。大学では一緒にマラソンを走った

香山くんに、バイト先の常盤さん。パワハラ店長の大竹さんだって、匠と出会って

救われた一人だと思います。普通だったら悪役の筈の大竹さんが、匠と一緒に

いることで本来の生真面目な性格が滲み出して来て、普通のいい人に見えて来ちゃう

ところがすごい。何ならツンデレですよね、大竹さんって(笑)。瀬尾さんの、

悪人出そうとしても絶対いい人になっちゃう典型例じゃないでしょうかね(笑)。

大竹さんと匠と常盤さん、三人の関係がとても良かったなぁ。常盤さんの秘密には

びっくりしたけど。人は見かけによらないってこういうことなんだろうな。

あと、匠と河野さんの関係も好きでした。河野さんがアノ人だというのは、途中で

ピンと来ました。ちょいちょい、ヒントも出て来てましたから。匠の気持ちは

ともかく、河野さんの方は、恋愛感情ありきじゃないのかな。匠のニブさに

イラッとさせられました(苦笑)。そうじゃなきゃ、大学まで追いかけて来ないし、

毎日偶然会う訳ないでしょうに。河野さんを変えたのも、匠のおせっかいが

きっかけだし、本当にいろんな人を助けてあげてて、非凡な人間ですよね、匠。

もし、匠がピンチになったとしたら、手を差し伸べてくれる人はたくさんいると

思う。それだけでも、匠は全然平凡じゃない。リア充そのものなんじゃないかと

私は思うな。でもそれは、匠がいつも周りを見ていて、困った人を見つけて

あげられるからなんだよね。誰かの為に動ける人間は、とても強い。匠の生き方は

しんどいこともあるだろうけど、その分自分に返ってくるものも大きいのじゃない

だろうか。

初回限定特典としてついてくる小冊子が付属でついていて、それが読めたのも

良かったです。その後の匠や常盤さんの様子が大竹店長視点で語られるというのも

新鮮で面白かったです。大竹店長と匠の会話ってボケとツッコミのコントみたいで

ずっと読んでられる(笑)。常盤さんが、バイト先のことを悪く思ってなかった

ことがわかって良かったです。こちらの冊子は、必ず本編後に読んで頂きたいですね。

今回も、たくさんの優しさが詰まった素敵な作品でした。