ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

京極夏彦「ヒトでなし」/奥田英朗「我が家のヒミツ」

どうもこんばんは。
今日から巷は三連休ですね。私は今日は仕事だったので、明日から二連休。
まぁ、特に行くところもないのですけれど^^;


読了本は二冊。またしても予約本ラッシュが来そうなので、この連休で
少しでも進めなくては。

では、1冊づつ感想を。


京極夏彦「ヒトでなし 金剛界の章」(新潮社)
京極さんの新シリーズだそうです。えっとー、あっちのシリーズも途中なのに、
新シリーズ?と泣きそうにはなるのですが(ToT)、これはこれで面白く読みました。
当然ながら分厚くって、読んでる途中腕がしびれる、しびれる(笑)。
でも面白いので、ページはすいすい。
どんな話かっていうとですね、タイトル通りなんですね。ヒトでなしのお話。
もうちょっと詳しく言いますと、ヒトでなしが人を救う話、でしょうか。
え、わけわかりません?でも、それ以外に言いようがないのよね。
主人公の尾田慎吾は、娘を亡くしたことがきっかけで、妻から人でなし呼ばわり
されて離婚を言い渡される。家族も仕事も財産もすべてを失くした尾田が、
行き場もを失って街を彷徨していると、通りがかった跨線橋のフェンスにへばり
ついて自殺しようとしている奇妙な女と出会う。他人のことなどどうでもいい
尾田は、女に向かって暴言を吐くのだが、それが意図せず女の自殺を思い留める
結果になってしまう。関わりあいになりたくない尾田は、足早にその場を去るが、
なぜか女は尾田について来ようとする。それを振りきって再び歩き出した尾田は、
次に偶然かつての友人荻野と出会う。荻野は、一時はIT関係の仕事で一山当てて羽振りが
良かったらしいが、現在は落ちぶれて借金まみれになっていた。しかし、羽振りが良かった
当時に購入した高層マンションだけは手放さず、今もそこに住んでいるという。
尾田の境遇を知った荻野は、自分のマンションに尾田を招き入れる。荻野のマンション
に泊まらせてもらうことになった尾田は、借金取りに追われる荻野の代わりに食料調達
に行くことに。そこで再び先日の自殺女と出会い、彼女の事情を打ち明けられる。
女は、莫大な財産を相続したことで、親戚から迫害され、自暴自棄になっていたのだ。
尾田からその事情を聞いた荻野は、女の財産を当てにして、ある野望を実現化させようと
目論むのだが。

人でなしになってしまった尾田のキャラ造形がまず抜群に巧いです。普通に尾田の
言動を読んでいると、どうあっても好感が持てる筈がないのですが、なぜか結果的に
彼の言動で他人が救われて行く。尾田の口癖は『どうでもいい』なのに。すべてのことが
面倒で、他人のことなどどうでもいいと思っている尾田の言葉が、なぜか心を病んでいる
人間の胸に響くのです。不思議で仕方がないのだけれど、尾田の言葉はなぜか異様な
説得力があって、他人の心を動かしてしまう。本人は全く希望していないのに、なぜか
教祖のように祭り上げられてしまう。出会った人間が、端から彼に心酔してしまう。
なんともかんとも、奇妙なお話です。だって、尾田はヒトでなしなんですから。
その通り、彼は自分の娘が殺されたと知っても悲しんだり犯人を憎んだりという、
人間として当たり前の感情が芽生えない。一歩間違えば、サイコパスなんじゃないか
というくらい、感情が欠如している。どこまでも、何もかもが『どうでもいい』のです。
でも、ヒトでない、ということは、鬼や悪魔とも云えるし、神や仏とも云える。
人以外ってことですから。尾田本人は自分を鬼の方だと思っていても、周りは彼を
神や仏だと捉えてしまう。
これはもう、京極さんの文章のすごさとしか言い様がないのじゃないかしら。
こんなヘンテコな話、よくもまぁ、考えつくものです。詭弁ばかりな気がするのに、
なぜか不思議と心に沁みる。脱帽です。
尾田はしょっ中他人に『死ねよ』と言うのだけれど、尾田がそういう度に、言われた側は
より生に執着していくような気がする。言われた側は『生きろよ』って言われたように
思えるんですね。尾田は本当に死ねよって思っているのだけど、そう捉えてもらえず、
結果として尾田の言葉で救われた気になり、彼に心酔する、という図式。なんで?(笑)

これぞ京極マジック。面白かった。うん、面白かったよ。
でもさ、でもー。もう毎回京極さんの記事の度にこれ書くのもどうかと思うんだけどもさ。
いい加減、もう、いい加減に、あっちの続きを書いてもらえないでしょうか(涙)。



奥田英朗「我が家のヒミツ」(集英社
『家日和』『我が家の問題に続く、家族をテーマにした短編集の第三弾。
このシリーズ大好きなので、非常に楽しみにしていました。いやー、今回もハズレなし。
一作微妙なのもあったけど、それ以外はとっても良かった。何げない家族との日常から、
ほんの少し前向きになれる何かを見つけて行く。ささいな幸せって、家庭の中にあるんだなー
ってしみじみと思わせてくれるこのシリーズが、私はやっぱり大好きです。

一作づつ軽く感想を。

『虫歯とピアニスト』
主人公の敦美と同じような職場にいるので、身近な主題で嬉しかったです。ただ、
私は敦美のように有名人と職場で会ったことはないですが^^;
憧れの有名人のプライベートな姿が見られるって、ちょっとうらやましい経験ですね。
しかし、難抜歯の親知らずを抜いた直後にコンサートって、ちょっと無謀じゃないかな
・・・。絶対腫れてると思うんだけど・・・。
敦美の為に、夫が義母に自分の思いをびしっと突きつけたと知って、スカッとしました。
こういう風に言ってもらえたら、きっとすごく救われると思う。敦美は良い人を選びましたね。

『正雄の秋』
ライバルとの出世合戦に敗れた正雄を、一生懸命励まそうとする妻の美穂が健気でした。
でも、妻のそうした懸命のフォローも無視して、自暴自棄になる正雄にはちょっと
ムカっとしました。気持ちはわかるけれど、もうちょっと妻の言葉にも耳を傾けて
あげればいいのに、とね。
でも、最後ライバルの父親の葬儀に律儀に出席するところは見直しました。こういう
真面目な姿勢が、会社でもちゃんと評価してもらえたらよかったのにな。

『アンナの十二月』
自分の本当の父親が有名な演出家の白川だと知った高校生のアンナは、母親に居場所を
教えてもらって会いに行く。思いの外父親から歓迎されたことで気を良くしたアンナは、
セレブの父親に自分の留学費用を用立ててもらおうと目論むが。
アンナにセレブの実父がいると知ったアンナの友達二人の言動に最初はかなりムカムカ
していたのですが(もちろんアンナ本人にもですが)、終盤ではその二人がアンナの
養父を擁護する立場になったことが意外でした。いい友だちたちで良かった。子どもが
出来たのに自分を優先して無責任に妻子の元から去って行ったような人間よりも、
平凡なスーパーの雇われ店長でも、家族のことを思って尽くしてくれる養父の方が
ずっとアンナの父親にふさわしいと思いました。

『手紙に乗せて』
これはいいお話だったなぁ。53歳の若さで母親を亡くした社会人二年目の若林のお話。
妻を亡くした父親が、傍から見ても意気消沈していているのを心配する若林と妹。
その話を聞いて、同じように早くに妻を亡くした経験のある若林の上司が、若林の父親を
心配して、父親宛に手紙を託す。その手紙を読んだ父親の反応は。
こんな風に身内の死に配慮してくれる職場って、そうはないと思うな。いい職場だな、と
思いました。上司も良い人だし。でも、確かに自分がそういう経験していないと、身内を
亡くした人の気持ちってわからないものなんだろうと思う。上司の手紙の内容がとても
気になりました。若林の父親と、その上司が一緒に飲みに行ったら良い友情が芽生えそう
だなーと思いました。

『妊婦と隣人』
これは唯一あんまり好きな話じゃなかったです。まず、主人公の葉子の、隣人に対する
執拗な詮索には嫌悪しか覚えなかった。コップを壁につけて、隣の家の物音を聴くとか、
ちょっと異常ですし。いくら隣人の行動がおかしくたってねぇ。そこまでするのは
ちょっとストーカーじみているというか。
ただ、その行動がああいう結末に結びつくとは意外でした。隣人の正体にはびっくり。
でも、臨月間近の妊婦が、深夜に人の跡をつけるなんて、ちょっと常識なさすぎだと
思いました。お腹の子に何かあったらどうするつもりだったのか(呆)。

『妻と選挙』
N賞作家大塚康夫とその妻のシリーズ(笑)。なぜか毎回ラスト一作はこの二人の
物語なんですね。もちろん、康夫のモデルは奥田さんご本人なんでしょう。ただ、ネット
情報によると、奥田さんご本人って独身だそうなのですが。ほんとなのかな。
かなり意外なんですが。
前作では東京マラソンにチャレンジした妻が、今回はなんと市議会議員選挙に出馬
することに!最初は乗り気じゃなかった康夫ですが、妻が選挙に向けて頑張っている
姿を見ているうちに、応援してあげたくなって行く。
康夫の応援演説が素敵でした。なんか、ほんとにいい夫婦だし、双子の息子もいい子。
最後、家族が一丸となって母親を応援して、祝福してあげる姿に胸が熱くなりました。
こういう家族、いいなぁって素直に思いました。


今回も読み終えてほんわか心があったかくなりました。あったかいんだからぁ~♪(←古)